キラ・モブ子 ver2.0



 モブ子をお姫様抱っこしたら、改めて感じたんだけど、


「……モブ子、臭い。ちゃんとお風呂に入らないと駄目だぞ」


 汗臭い。


 一週間近くお風呂なんかには入っていないからなんだろう。


 家がない人達と同じような臭いがする。


「……失礼な男ね」


 モブ子はようやく自分と取り戻しつつあるのか、ようやくそう毒づいた。


 というか、段々とモブ子の性格が分かってきた気がする。


 なんていうか、猫っかぶりだ。


 どうしようもない猫っかぶりで、口調やら態度やらを人によって変えているようにも思える。


「家に帰ったら、風呂に入っていいから。女の子は清潔にしていないとね」


「……ありがと」


「それと、すき焼きを食べているときの涙の理由は聞かないでおいてあげよう」


「……あなたって大嫌い」


「はいはい」


 モブ子の境遇と、万次郎の境遇があまりにも落差がありすぎて、やるせなさを感じたと共に、自分の境遇に涙してしまったんじゃないかな。


 養子になったはいいけど、養子縁組した両親が夜逃げした上、置き去りにされるなんていう境遇は筆舌に尽くしがたい。


 しかも、借金取りが押しかけてきたみたいだし、その時、何を思ったのかな、モブ子は。


 超能力で脳を覗けない事はないけど、止めておこう。


 失礼だしね。


「二日間で四百万円なんて本当に返済できるの? 嘘を並び立てただけじゃないの?」


「当てはあるかな」


 僕には欲しいものがあった時にやっているお小遣い稼ぎがある。


 今回は高額の懸賞金を狙って、二三件ほど解決さえすれば四百万円なんて余裕だろう。


 高額すぎるのは、僕の超能力を使っても解決できない事が多いので手を出したりはしないけどね。


 ああいうのは、記憶の痕跡が皆無で、僕の超能力じゃどうにもならないんだ。


「……嘘ばっかり」


「そうでもないんだけどね」


「大ボラ吹き」


「……信じてないの?」


「狼少年」


「そこまで言うかな」


 僕はモブ子を御姫様だっこした状態で自宅に向かっているせいか、通行人からジロジロと好奇の目で見られている。


 それだけが意外と恥ずかしい。


「ここからは自分の足で歩いてね」


「さっさと下ろしなさいよ」


 自宅の前まで来たときにそう言うと、モブ子はそうするのが当然というように自分の腕から離れて、地面に降り立った。


「まずは万次郎と話をするからね。分かっているよね?」


 僕はそう言いながら、自宅のドアノブに手をかけた。


 モブ子は尻込みしているのか、家の前で立ち止まって、僕の顔色をうかがってくる。


「別に気を遣わなくていいんだよ。うちの家族は変わり種ばかりだから、事情次第では受け入れてくれるだろうし」


「子供のあなたが勝手に言っているだけでしょう?」


「そうでもない。じいちゃん、ばあちゃんはさ、数年前の正月にさ、餅を詰まらせてさ……」


 僕は遠くの南国を見ているかのように目を細めて空を仰ぎ見た。


「……亡くなった? それが何か関係あるの?」


 モブ子の不審そうな声が聞こえてくる。


「……そうじゃないんだな、これが。餅を喉に詰まらせたんだけど、自分たちで餅をどうにかしてさ、『正月に餅などと言う食料型兵器を喰わせる日本は狂っておる!』とか言って南国に移住しちゃったんだ。そんなワケでうちの家系はどこかネジが外れているというかなんというか」


 あんな外見の万次郎を養子として受け入れたり、僕の超能力を知っていても『それがどうしたの?』という感じだったりするし。


 包容力の高さは折り紙付きと言える。


 モブ子を少しの間置いといても何ら問題はないだろう。


「……あなたを含めて、頭おかしい人ばかりと言いたいの?」


「まあ、そんなところだね。だから、気にしない気にしない」


 俺はドアを開けて、家の中に入るも、扉はモブ子が入りやすいように開けたままにしておいた。


「分かったわよ。入るわよ。入ればいいんでしょう」


 初めての時とは違って、モブ子は遠慮がちに家の中に入ってきた。


「万次郎! 万次郎!」


 ドアを閉めて玄関から僕がそう声をかけると、勢いよくドアが開けられる音がとどろき、万次郎が豪快な足音を立てて玄関へと出て来た。


「兄じゃ! 待たせた!」


「この女の子がキラで間違いない?」


 僕は靴を脱いで家に上がり、玄関のところで立ったままでいるモブ子を指し示した。


「う~む?」


 万次郎はモブ子との距離を狭めて、顎髭をさすりながら、しげしげと上から下を眺め始める。


 モブ子は万次郎に観察されている間はじっとしてみた。


「……うむ、俺の記憶が確かならば間違いない。キラには、左目のまぶた横に小さなホクロがあった。この女子も左目のまぶた横にホクロがある。うむ、同一人物であろうな」


 万次郎に言われて、モブ子は左目の辺りを注意深く見ると、小さなホクロがある。


 言われてみなければ気づかない特徴であった。


 付き合いが長くなければ分からないような特徴だったし、僕の推理が大正解だった事に少なからず喜びを覚えた。


「というワケで、この子がキラなのは確かなようだね。本人確認が取れた事だし、そろそろ名前を訊いてもいいかな? 僕も万次郎も君の本名を知らなかったから、こういう事が勘違い起こったんだし」


 僕がそう言って、モブ子に返答を促すと、


「二日後のあの件、あなたがきちんと果たすことができたら教えてあげる。それでは、キラ・モブ子でいいわよ」


 金融会社で見せていた達観さが残る微笑みを僕に向けてきた。


 というか、その名前というべきか、そのあだ名は、とあるロボットのパイロットに似ていて嫌なんだけど……。




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