地獄の門のミツオミ ver2.0
家を出て行ったモブ子は、超能力で簡単に見つけられるだろうからと優先順位度を下げた。
まずは万次郎を起こしに確認しなければいけない。
そちらの方が優先度は高いと僕は判断した。
僕が住んでいるのは三階建ての一軒家で、四人しか住んでいないはずなのに、部屋が全部で九ある。
というのも、元々は祖父祖母と一緒に住んでいたのだけど、二年程前に、祖母祖父が正月に餅を喉に詰まらせて……からというもの、空き部屋が一気に増えてしまったんだ。
僕の超能力の効果もあったけれども、家が寂しくなった事もあって、万次郎を養子に迎えたようなものでもあった。
「兄じゃ! おはようございます!」
寝ていた万次郎を起こすと、万次郎は目をカッと見開き、ぎょろりと僕を見るなり、パッと上半身を起こした。
「おはよう」
「兄じゃ、どうしたんじゃ? こんな早朝に」
万次郎が時計を見たので、僕も釣られるように見やった。
午前六時前だった。
「万次郎に訊きたい事があってね」
「なんじゃ? 兄じゃからの質問なら何でも答える所存であるぞ!」
「夕ご飯の時、万次郎が口にしていた『キラ』って人と、タブンモブ子が同一人物だとしたら信じる?」
「がはははっ!! 何を言うているんじゃ、兄じゃは。キラは男じゃぞ? タブンモブ子は女子であった。性別が違うのだから同一人物のワケがなかろう!」
やっぱ、信じないよね。
信じてもらうように説明するしかないか。
「でもね、万次郎。タブンモブ子がキラだったんだ。いや、キラが成長して、タブンモブ子になったんだ」
「がはははっ!! 男が成長して女子になるはずはなかろう。兄じゃは冗談が上手いのう!」
「冗談じゃないんだけど。万次郎、キラの事を、よーく思い出してみて。男の行動としておかしな事が結構なかった?」
「思い出してみるも何も……」
腕を組んで、当時の事を思い返すような仕草をして見せた。
「ん? キラは一人でいる事が多かったし、施設の皆に対して横暴な態度を取ることが多くてな、注意ついでにちょっと小突くと女みたいにピーピー泣いておったな。強がりばかりしておって、そのくせ泣き虫でな。俺が教育してやらなければ、ずっと孤立していたはずじゃぞ、キラは。ん? んん?」
そこまで言って、何か思い当たる事があったのか、自慢の黒髭をさすり始めて、
「キラが男子トイレに入った時を見た事がない……かもしれん。連れションに誘っても恥ずかしがって一緒に行かんのだ。しかも、風呂に一緒に入った事もないかもしれん。キラは付き合いが悪い奴だと思っていたが……ん? キラがジュースを服にこぼした時に脱がそうとしたら嫌がっていた気が……。もしや……もしや!!」
万次郎は目玉が飛び出すのではないかというほどに大きく目を見開いた。
「……やっぱりね。そういうことなんだよ。キラは女の子だったんだよ」
なるほど、やっぱりそうか。
何かの事情があって、モブ子は本当の兄に思えた万次郎を頼ろうとして僕の家の前にいたんだ。
施設から逃げ出したとかそういう事情ではないはずだ。
施設から逃げるとしたら計画的にやるだろうから、替えの下着とかを持っていても不思議じゃないのに、持っていなかった。
だから手もみで下着を洗うなんて事をしていたんだ。
モブ子が臭かったのは、数日間同じ服を着ていたんだろうし、お風呂なんてものにも入っていなかったからだ。
それを男臭いとか思っちゃった僕って……。
すき焼きをがっついていたのは、たぶん数日間飲まず食わずだったからじゃないかな?
つまり、タブンモブ子はのっぴきならない事情で、取るものも取らずにどこからか飛び出してきたといったところだ。
「さすだが、兄じゃ! そこまで分かってしまうとは!!! しかし、何故、偽名なんてを名乗らせたのだ? タブンモブ子と言われても、俺は気づかんではないか!」
「キラは、自分の事を万次郎の許嫁だって言っていたんだよ。でも、そうじゃなかった、あるいは、忘れてしまったと思って、名乗り出ることができなくなったんじゃないかな?」
その辺りはモブ子にしか分からない事だけど。
「……なるほど。しかし、俺はキラと許嫁の約束などしておらん。はて?」
顎髭をさすりながら思案顔をするも、思い出せないようで、終いには頭を抱えてしまった。
「……分からん。思い出せん。約束などした覚えがない! ないのだああああああっ!!」
考えすぎたせいで頭でも痛くなったのか、こめかみを押さえながら、そう絶叫した。
「って事は本人に確かめるしかないか。とりあえず、一緒に来てくれ。話をしてみないとダメだろうしね」
「承知つかまつる!」
さてと。
モブ子はどこに行ったかな?
とりあえず、サーチしてみて、と。
いるのは、ここから一キロの場所か。
ええと、透視もしてみるか。
「あれ?」
モブ子が厳つい顔つきのお兄さん二人に囲まれるようにして、ビルの中に入っていくところを捉える事ができた。
そのビルに入っているテナント名を見ると『丸々がめつい金融』というのが目に入る。
「う~~~~ん?」
その二人にどこか見覚えがあるし、その社名にもどこか聞き覚えがあるんだけど、どこだったかな?
「……どうしたのじゃ、兄じゃ?」
万次郎が心配そうに僕の顔をのぞき込んでくる。
「モブ子を連れ帰ってくるから、万次郎は家で待っていてくれ」
あそこに万次郎を連れて行ったら、話がこじれそうなので残ってもらおう。
「何?! モブ子がおらんのか?」
ああ、そういえば、万次郎には言ってなかったな。
言わなきゃ良かった。
「まあね」
「ならば、俺も行かねば!」
「ちょっとコンビニで待ち合わせをしているだけだから大丈夫だよ。だから、家で待っていて」
「……兄じゃがそう言うなら」
万次郎が珍しく不満そうだ。
「それじゃ、行ってくる」
僕は万次郎の部屋を出るなり、テレポートで『丸々がめつい金融』のビルの前に飛んだ。
その後は、普通に階段などを使って、『丸々がめつい金融』のドアの前まで行き、利用者じゃないけど、ドアを開けた。
「こんにちは」
「ぎゃあああああああああああああああっ!!!」
僕が礼儀正しく挨拶までして丸々がめつい金融に入ったというのに、室内から悲鳴が上がって、何人かが僕の目の前で逃げ惑うように右往左往し始めた。
悲鳴というか、絶叫というべきか。
注意事項としては、その悲鳴はモブ子のものじゃなかった。
何故かっていうと、複数の男の絶叫であったからだ。
僕を見て驚いたとか?
まさか……ね?
「へへへへへ、ヘルゲーーーーーーーートォォォォォォォっ!」
まだ男達の絶叫が続く。
何だろうかと室内を見回すと、パーテーションも何もない部屋の壁の四隅に大の大人が数人貼り付くようにして立っていた。
みんな、顔面蒼白といった様子で、お化けか妖怪でも見ているかのような目つきで僕を見ている。
そんな中で事情を知らなそうなチンピラ風情の男が一人と、モブ子だけが僕の事を不思議そうに見つめていた。
モブ子は表情がどこか虚ろで、現実を全て諦めてしまっているような、達観しきった表情だった。
「……ヘルゲートのミツオミ。何故ここに来た?!」
ヘルゲートってなんだろう?
僕は確かにミツオミだけど、ヘルゲートと呼ばれるような事をした覚えは……たぶんないはずだ。
「ちょっとその子に用事があって」
僕がモブ子の事を指さすと、壁際に貼り付いていた人達が、生きていて良かったと言いたげに深い息を一斉に吐いた。
「で、ヘルゲートさんがこんな小娘に何用なんですか?」
ここの代表なんだろうけど、スキンヘッドのおっちゃんが壁側から二歩ほど前にでてきて、恐る恐るといった調子で質問してきた。
「この子、僕の友達でね。連れ帰りたいんだけど」
「ヘルゲートさんの要望でも、そいつはちょっとできねぇなぁ。これは、あっしらの商売に関わる問題なので」
「商売っていうと、金融業? それだと、未成年にお金を融資したりするのは違法じゃない?」
「いやいや、金を借りたのは、この小娘の親御なんですぜ。こっちはね、この小娘の親御さんに善意で五千万貸したんですよ。そのうちの四千六百万までは取り立てできたんですけど、残りの四百万がまだでねえ。善意でお金を貸したのに返してくれるのは困った事でしてね。それでこの小娘に、どうすればその四百万を返済できるか説明していたところなんですぜ」
僕が怖いからなのか、スキンヘッドのおっちゃんは僕との距離を詰めようともしない。
そういえば、この人の所属していた組が他の組と激突しようとしていた時に僕がたまたま通りかかって、邪魔だっていうので、双方の組を壊滅状態に追い込んだんだっけ?
確か一分間くらいで。
それで怖がっているのかな?
「どんな説明をしていたの?」
「それは……その……女の子といえば……ねえ? 小娘の年齢的に泡姫は無理だから、援助交際でおじさん達からお金を恵んでもらう方法を教えていたんで……」
スキンヘッドのおっちゃんは歯切れが悪くて、僕から視線を逸らし続けている。
「その四百万、いつまでに用意すればいいの?」
それ以上聞いたら嫌な思いをしそうだったので、言葉に言葉を重ねた。
「できれば、二日後には欲しいんですけどね」
「でも、なんで、この子が必要なの?」
「ちゃんと返済するまで、この小娘を差し押さえておかないといけないんですわ。親御さんだけで夜逃げしちまいましてね。取り残されていたこの小娘を捕まえようとしたんですが、逃げられちまってね。それが一週間前の話ですわ」
「一週間……前」
腹ぺこだったモブ子。
臭かったモブ子。
洗面所で洗っていた下着。
これで話は繋がったね。
親御さんってのは、本当の親じゃなくて、養子縁組先のってところか。
実の娘じゃないから置いて逃げた、と。
もしかしたら、借金の形としておいていった可能性もあるかな?
もしそうだとするのならば、
モブ子は人身御供だったんだね。
酷い親だよね、そんな事をするだなんて。
モブ子は借金取りから逃げたはいいけど、服だとかそんなものを当然持って出られなかった、と。
万次郎を頼ろうとしたのは、昔の何かしらの約束事だからなのかもね。
モブ子は弟の万次郎を信頼して頼ってきたのならば、兄である僕が万次郎の手助けをするのが道理というものだろう。
うん、モブ子は性格が悪くて、僕には冷たいけど、一肌脱いであげよう。
「その四百万円。二日後までに用意するから、とりあえず今はその子を返してくれないかな?」
「ヘルゲートのミツオミさんの要望でも、それだけは……」
「僕の望みが通らないなら、組を壊滅させちゃおうかな? 前は準備運動くらいだったけど、僕が本気になれば、どうなるか分かる?」
「……時間をください。相談します」
蒼くなっていた顔が今度は真っ白に変化してしまっていたスキンヘッドのおっちゃんがスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
僕に聞こえないくらい小さな声で数回言葉を投げた後、電話を切ったようで、スマホをしまい込んだ。
「必ず二日後に四百万円用意してくれるのならば、その要望を飲みますぜ」
「助かる」
「ヘルゲートのミツオミさんとはいえ、もし約束を破るようならば、落とし前を付けさせてもらいますぜ」
「うん、分かっている。じゃ、二日後に」
事の成り行きを把握できていなくて、きょとんとしているモブ子の前まで歩いて行き、
「ほら、モブ子戻るぞ」
その手を掴んだ。
「え?」
モブ子はまだ把握しきれていない呆けた眼で僕を見る。
「行っていいって言ってくれたんだ。だから、ほら、行くぞ。行かないと、この人達のメンツを潰すことになるから行かないといかないといけないんだって」
それでも、モブ子のお尻が椅子にへばりついてしまっているように動こうとはしなかった。
「やれやれ、困った子だ」
ここに連れてこられてから、モブ子がどんな話を聞かされたのかは思いも寄らない。
その話を聞いて、現実に絶望しちゃったのかもしれない。
けれども、それで全てを、自分の人生を諦めるのはまだ早いと言わざるを得ない。
僕は能力を使って、モブ子の身体を軽々と片手で持ち上げて椅子からお尻を離してやり、そのまま抱き寄せた。
御姫様だっことかいう奴になってしまったが、これはこれで成り行きなのだから仕方がない。
それでも顔には生気が無く、死んでしまったように表情がない。
このままお姫様抱っこをして連れ帰るか。
「兄貴、何なんですか、あいつは? ただのガキじゃないですか?」
「バ、バカ野郎! そんなのをあのヘルゲートのミツオミさんに聞かれたら、とてもじゃねえが、うちらは生きていられねえんだよ!」
「は?」
「ヘルゲートのミツオミさんはな、気功術の達人で、地獄の門も開けちまうくらいの偉人なんだよ! だから、ヘルゲートっていうんだよ! あの人はな、うちらが束にになってかかっても勝てねえ仙人みたいな奴なんだよ!」
僕が丸々がめつい金融を出た直後、背後でそんな会話が交わされていた。
僕、地獄の門なんて開けた事はないんだけど……。
というか、地獄の門ってどこにあるのよ?
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