いいえ、男の娘? ver2.0
「この可愛らしい女の子は誰なの?」
「こんな美少女が友達とは凄いな! 光臣!」
後を追うというか、リビングルームの扉を開けると、両親が妙に浮かれていた。
モブ子がここにいて当然という顔をして図々しくも食卓に腰掛けていて、ニコニコしていた。
ご飯まで食べていくので?
「ほらほら、光臣も早く座って座って! こんな美少女の友達がいるだなんて隅に置けないな、光臣は!」
「兄じゃは凄いのう! こんな美少女の知り合いがいるとは! さすだが、兄じゃは! カリスマ美少女ハンターじゃ!」
万次郎がそう言うと、モブ子が敵意むき出しの鋭い眼光を僕に飛ばしてくる。
万次郎に『兄じゃ』と呼ばれているのがよっぽど気にくわないらしい。
顔や名前さえ覚えてもらえていなかったモブみたいな存在だったのに、なんで僕なんかに嫉妬しているんだろう?
「さて……」
僕も席について、すき焼きを食べるとしよう。
開いていた席は、両親が隣で、モブ子が正面に来る位置だけだった。
しかたなくその席に腰掛ける。
「光臣。こんな事もあろうかと、冷凍庫に入っていた黒毛和牛一キロを出しておいた。美少女の分も十分にある、存分に食べるがいい!」
「ありがとう、父さん!」
テーブルの中央に置かれているコンロの上にすき焼き鍋がのっていて、牛肉が山盛りになっている。
野菜はといえば、隅っこの方に押しやられて可哀想だ。
他にも豆腐、しらたきなどが入っていて、これぞすき焼きといった様相だ。
これなら食べ応えがありそうだ。
「それじゃ、いただきます」
僕がそう言うと、みんなも『いただきます!』と言って食べ始めた。
両親は僕たちが帰ってくるのを待っていたようだし、万次郎は僕が食卓を付くのを待ってくれていたようだ。
さすがは万次郎。
僕の事をたててくれている。
それに引き換え、モブ子ときたら……
僕がいただきますと言った瞬間から『いただきます』の一言もないまま肉ばかりを取り始めて、行儀とかはなんのそのといった様子で、ガツガツ食べている。
隣の万次郎が行儀良く食べていると思えるくらいだ。
というか、肉食系女子というのは、モブ子のような女の子の事なのかな?
「美少女とは思えない食べっぷりだ」
モブ子に驚きの表情を向けながら、父親がぼそりと呟いた。
「うむ、豪快である! 豪傑の血が流れているのかもしれぬな、モブ子殿は!」
その一言で、モブ子はハッと何かに気づいた表情を見せて、お淑やかにお肉を口に運び出した。
どうやら万次郎の視線を意識してしまって、豪快には食べられなくなってしまったようだ。
性格は悪い上に図々しいけど、乙女なんだな、モブ子は。
「……ッ」
僕の視線に気づいたモブ子が俺を殺意のこもった目で睨み付けてくる。
そんな敵対心を露わにしなくても……。
僕はそんな敵意には決して屈しないので、黙々とすき焼きを頬張る。
「そういえば、ご両親に言わなければならぬ事があったのだ!」
万次郎が箸と皿をテーブルの上に置いて、真剣な表情をして改まった様子で両親と向き合った。
こういう万次郎は初めて見る。
こんな真摯な態度で話す事ってなんだろう?
何か大事な話なのかな?
僕もそんな万次郎の緊張感が伝播してか、ちょっと僕も緊張してきた。
「男、桑原万次郎、十六歳! 今日、彼女が初めてできたのだ! その報告をしなければならんと思ったのである! 施設をたらい回しにされるような、俺のような面妖な男を引き取ってくれたご両親に報告をしなければならんと思ったのだ! 俺は幸せでたまらんのだ! この家に来てからというもの、尊敬できる兄を得て、信頼できる両親を得て……それだけならまだしも、素敵な彼女まできるとは思わなんだ! 俺は魏呉蜀の三国一の幸せもんじゃ!」
そうして、万次郎は大粒の涙を流し始めたのだ。
「『俺には経験ねえけど恋っていいもんなんだろうな』って、とある作品で俺の前世が述べていたが、まさかまさかの俺が恋を経験することになろうとは信じられん! 俺はこの家に来て良かった! 生きていて良かった!」
恋くらい万次郎なら、知っても問題ないはずだよ。
うん、うん。
僕はまだ恋人とかできた事ないけど。
兄なんだから、それくらい許容できないとダメだよね。
だけど、僕の場合、恋人の前に僕の事を『お兄様』と呼んでくれる妹がいないとね。
万次郎の感涙によってしみじみとしてくると、モブ子が勢いよく立ち上がり、テーブルを両手でバン! と叩いた。
僕も含めて、ハッとなってモブ子を見る。
万次郎の言葉で感極まったのか、モブ子も大粒の涙を流していた。
その涙を見せまいと、手で顔を覆うなり、リビングルームの端の方に置かれていた白いソファーにボンと身体を投げ出して蹲ってしまった。
「……どうしたのかしらね?」
母親が心配そうにモブ子を見やった。
「感動は人に伝わるっていうじゃないか。あの美少女も万次郎の感動を心に受けてしまったんじゃないかな」
両親がソファーに横になって表情を隠してしまっているモブ子を見て、にこやかに微笑んだ。
感動したのかな?
最初はそう思ったけど、そうじゃない事に僕は気づいた。
モブ子は死体蹴りされたのだ。
失恋が確定していたところに万次郎の超必殺技を食らって、瀕死の状態からさらに追い打ちをかけられたんじゃないかな?
今はそっとしておこう。
「……おや?」
すき焼きを囲んで、万次郎の彼女となった牧田雪さんについて歓談していると、モブ子が寝息を立てているのが耳に流れ込んできた。
「モブ子殿は、本当に似ておる」
万次郎もモブ子が寝た事に気づいてか、彼女を見ながら、顎に手を当ててそんな事をぼそりと言った。
「誰に?」
ようやく思い出したのかな、この少女の事を。
モブ子は万次郎の事をしっかりと覚えていたし、万次郎もそんな彼女を覚えていてもおかしくはないし。
「キラだ。とある施設で俺の事を慕っておった年下の少年に似ておってな。義兄弟の契りを交わす一歩手前の頃、俺が他の施設へ行かざるを得なくなって別れ別れになってしまったのだ。そのキラにうり二つであるが、女子ではなかったのでな。他人のそら似であろうな」
「……キラ? ……少年?」
という事は、モブ子は『♀』じゃなくて『♂』なのか?
つまりは、
『男の娘』
という事なのかな、モブ子は。
モブ子じゃなくて、モブ夫だったのか、この男の娘は。
こんなに綺麗な男の娘がいるものなの?
なんか、胸もあるよね、モブ子は。
それなのに、男の娘?
ちょっと信じられないけど、世の中にはそういう男の娘もいるのかもしれない。
「光臣、その子に掛け布団をかけてあげなさい。それと、大丈夫なのかね? このままでは終電を逃してしまうかもしれない。親御さんが心配するのではないのかな?」
父親にそう言われるも、僕はモブ子の連絡先を全く知らないのだ。
でも、その事を告げると大変な事になりそうだから、
「分かった。僕が連絡しておくよ」
とりあえず嘘を吐いた。
その嘘がすぐにばれないようにと、リビングルームを出て、掛け布団を持ってきた。
こんなに綺麗なのに男の娘なんだよね?
敷き布団を掛けるとき、ちょっとモブ子の顔をのぞき込んでみた。
男とは思えないほど美麗だ。
男にしておくのはもったいないくらいだ。
「……ん?」
よくよく見ると、ワンピースが結構汚れてしまっていて、雑に扱っているようでもあった。
「んん?」
それに、顔を近づけた時に気づいた。
モブ子は臭い。
結構汗くさい。
男の臭いに近くて、その臭いでようやく僕は納得できたのだ。
モブ子が『♂』である事を。
最近の男の娘は進化しているんだな。
こんな絶世の美少女のような外見をしているのに、下半身には『はえている』男の娘がいるだなんて。
この男の娘を見た瞬間、恋に落ちそうだなんて思った僕を呪いたい。
もう少しで男に恋をしてしまうところだったんだよ?
馬鹿だな、僕は。
あれ?
モブ子は男なんだよね?
なら、許嫁とか言っていたのは、あれ、義兄弟の契りだったのかな?
それをモブ子が勘違いしていたのか。
でも、なんでだろう?
ちょっとなんか納得できないんだけど……。
もやもやとした霧のようなものが僕の思考にかかってきたけれども、それをどこかにおしやって、モブ子に掛け布団をかけてやった。
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