モブ子と万次郎
すき焼き前に無双を少々 ver2.0
夕ご飯のすき焼きの準備は終わってはいて、いつ食べ始めても良かった。
でも、万次郎がいないと寂しいなという事もあったし、食卓に家族全員が揃っていないで食べ始めるのは嫌だという事で、しばらく待っていた。
リビングルームに僕と両親がいて、すき焼きの鍋が置かれたテーブルを前にじっと待ち続けていた。
「万次郎ちゃん、どうしちゃったのかしら? 学校に残って何かやっているのかしら?」
母親は心の底から心配しているように右頬に手を当てて首を傾げた。
「……何か事故に遭ってなければいいのだが……」
父親も万次郎の事を心配して、時計を何度も確認したりと、そわそわしている。
「僕、学校に行ってくるよ。まだ残っているかもしれないし」
これ以上待っていると、お腹が減りすぎて動けなくなるかもしれないからと僕は立ち上がって、外に行く素振りを見せる。
「お願いね」
「頼んだぞ」
僕はそんな両親の声を背中に受けながら、リビングルームを出た。
何か嫌な予感がする。
学校でのあの一件が絡んでいなければいいのだけど。
「……さて」
玄関に来て、靴をはいた。
僕は目をそっと閉じてから思い描く。
義理の弟の万次郎の顔を。
超能力の『サーチ』を使って、万次郎がどの辺りにいるのかを探り始める。
サーチは脳内で思い描いたものがどこにあるのか、あるいは、思い描いた人がどこにいるのかを探り当てる能力だ。
忘れ物だとか、落とし物だとかをした時に使うと便利で、捜し物がある時にはしょっちゅう使っている。
探れる範囲は、円を描くようにして広げる事ができ、僕の能力だと半径十キロ程度が『サーチ』の限界だ。
特定の人物を探るときに、その人の記憶や何かが残っている物があれば、半径百キロくらいなら『サーチ』できたりもするが、そんな事で能力を使うことは、滅多にないけれどもね。
「さて、万次郎は……」
探って行くも、半径一キロ圏内も、三キロ圏内にも、五キロ圏内にもいなかった。
「……ん?」
サーチの能力をさらに広げた時、南西七キロの位置に万次郎の存在を認めた。
学校があるのは、北東五キロの位置なので学校とは正反対の方にいることになる。
「……不味そうだね、これは」
何か面倒事にやはり巻き込まれていそうな気がする。
七キロ先だったら、瞬間移動で行けるから行くとして……。
でも、万次郎のすぐ傍に飛ぶのは得策じゃなさそうだ。
百メートルくらい離れたところに瞬間移動しておくかな。
不測の事態は嫌だし。
僕は万次郎が観測された地点から百メートルほど離れた場所に『飛ぶ』事を目をきつく閉じて念じる。
徒歩や自転車で行くのは時間かかるから、瞬間移動の超能力を使おうとしている。
飛べ、飛べ、飛べ、飛べ……。
心の中で強く念じると、身体がふっと軽くなった。
そして、どこかへと強力な何かで身体が引っ張られていくような感覚が訪れた時にはもう能力が発動した後だ。
「ふぅ……」
僕を取り巻く環境が変化をしたのを悟ると、僕は目をそっと開けた。
「やっぱりか、不味い事になっていたか」
そこは倉庫街の一角だった。
夜という事もあり、人の気配はほんどなく、明かりが灯ってもいない数棟の倉庫が並んでいるだけで寂しいことこの上ない。
「……」
どこに万次郎がいるんだろう。
サーチの能力をまた発動させると、一番手前の倉庫の中に万次郎がいる反応があった。
他にも一人や二人ではない人の息吹が感じ取れたから、僕は『サーチ』から『透視』へと能力を切り替える。
目をカッと見開き、万次郎がいるであろう倉庫の中を透視する。
倉庫の出入り口のところに見張り役らしい男三人ほどいた。
さらに倉庫内へと透視を広げると、大量の荷物があるものの、何もないスペースがあって、そこに強面のお兄さんが二十二人いた。
その人達は何かを取り囲むようにして立っていた。
お兄さん達が取り囲んでいる『何か』は、猿ぐつわをされた上、手足を縄で縛られていて動けない、自称張飛の生まれ変わりの万次郎と……、
「……ダメな弟だな。他人を巻き込んじゃうなんて」
手足を縛られた上、口にガムテープが貼られている牧田雪さんだった。
牧田さんは気絶でもしているのか目を瞑っていて、身動きをしてはいない。
万次郎よりも、牧田さんが男達に何かされてはいないかと心配だった。
万次郎は自業自得だからいいんだけど、牧田さんはそんな万次郎のせいで完全に巻き込まれてしまっただろうからまだ何も起こってない事を望む。
『こいつといたから一緒につれてきちゃったけど、輪姦しちゃってもいいよな?』
『肉壺わっしょ~い!』
透視していたらお兄さん達の下品な会話が耳に入ってきたし、ここでこのまま傍観していたら事件性のある事に発展しそうだね。
特に牧田さんが。
「……やれやれ。不肖の弟を持つと大変だね」
ホント、弟じゃなくて可愛い妹だったら良かったのに。
そんな事を今更とやかく言っても現実は変わらないんだし、とっと終わらせて、家に帰ってすきやきを食べよう。
それにもし僕に妹ができたとき、弟を見捨てたと知られてしまっては、その妹に、
『お兄様、あなたには失望しました』
なんて言われたりしかねないし、いつ如何なる時でも偉大なる兄としての一面を見せておかないとね。
まずは、不意打ちに備えて、銃弾さえ弾き飛ばす事ができる防御フィールドを僕の周りに展開させてから万次郎がいる倉庫の方へと向かう。
倉庫に近づくと、見張り役らしい三人が僕に気づいて、ガンを飛ばしながら僕の方へと寄ってくる。
「どいて」
僕はその三人に向けて、サイコキネシスで使った。
サイコキネシスは念力の事で、僕の意思によって物を吹っ飛ばしたりできる物理攻撃系の超能力だ。
数トンの物体くらいなら本気を出せば、数十メートルくらい飛ばす事くらい容易い。
人に僕の本気のサイコキネシスを使っちゃうと、クチャって潰れちゃうから十分に手加減をして使用しているけど、その加減が結構難しい。
その辺りの調整は簡単にできるので、気絶するかちょっとした怪我をするくらいなものだろう。
僕の念を受けた三人の身体が何かになぎ倒されるように飛んだ。
そしてそのまま倉庫のシャッターを突き破り、倉庫の中へと転がりこんでいって、動かなくなった。
「なんだ、なんだ!」
見張り役の三人が倉庫の中になだれ込んできたものだから、中にいた怖いお兄さん達がざわつき始めた。
「弟を迎えに来たんだ。大人しく弟を返してくれたら何もしないけど」
「ンだぁ、てめえ!」
「やるってのか!」
「ガキが! 人で何ができる!」
「こいつもやっちゃおうぜ!」
「東京湾に沈めてやろうかぁ、ああん?」
その一言で強面のお兄さん達が一気に殺気だって、強がりにしか聞こえない事を喚き始めただけじゃなくて、ナイフなんかを出してきて構える人もいた。
「言っておくけど、僕は気功の達人なんだ。怪我をするかもしれないけど、僕の弟に手を出したのが悪いんだからね」
お兄さん達が一斉に飛びかかってきた。
両手を前に突き出して、気功を使っているよう見せかけつつも、サイコキネシスをこのお兄さん達に向けて発動させる。
次の瞬間には、突風が倉庫に吹き荒れたように二十二人の男達の身体が宙に浮いたと思ったら、四方八方に飛んでいき、倉庫の壁から荷物やらに激突していって地面に落ちていった。
その後は、全員気絶でもしたのか立ち上がる人は一人もいなかった。
「……終わったかな? 万次郎を起こして、家に帰ろう。牧田さんはどうしよう……」
男達に怖い思いをさせられちゃったみたいだし、その辺りの記憶を消去しておく方がいいかな。
未然だろうからそこまで酷いことにはなっていないとは思うし、万次郎に任せておくのがいいのかもしれない。
「……なんだ、起きていたのか」
倒れている万次郎と牧田さんの方に視線を向けると、万次郎が俺の事を見つめていた。
その目には涙が流れていて、怖くて泣いてしまっていたのかと思ってしまった。
僕はまずは牧田さんの縄を解いた。
やはり気絶しているからなのか、縄をほどいている間も目を開けなかったし、気づいているような反応も示さなかった。
続いては万次郎だと思い、まず猿ぐつわをほどくと、
「さすだが、兄じゃ! こんな猛者どもを瞬殺してしまうだなんて! 男の中の男じゃ!」
開口一番、それだった。
「泣いているけど、怖かったの?」
そう言いながら、手を足の縄をほどく。
「違う! これは男泣きじゃ! 俺が見込んだ通りの兄じゃであったと確信したら、涙が出て来たのだ!」
「はいはい、そうなんだ」
僕は泣き続けている万次郎を軽くあしらいながら、床に倒れたままになっている牧田さんを見つめた。
「万次郎。牧田さんを送ってあげて。君のせいで巻き込まれたんだからちゃんとしないとダメだぞ」
「ああ! この女と話していたら、後ろから襲われてな。俺は何もできなかった……。情けなくて、情けなくて、涙が出てくる。そんな俺とは違って、兄じゃは気功の力だけでこいつらを一瞬でなぎ倒していた! 俺にはできぬ芸当じゃ! さすがは、兄じゃだ!」
「分かったから。目が覚めたら牧田さんに謝るんだぞ。分かったね?」
「さすだが、兄じゃ! 物の道理が分かっている!」
「はいはい。今夜はすき焼きだから、牧田さんを送ったら、すぐに帰ってくるんだぞ」
「分かったぞ、兄じゃ!」
後は万次郎に任せる事にして、僕は倉庫を出た。
超能力を使いすぎてしまって小腹が減り始めている。
歩いて帰るのも億劫だしと、万次郎の死角に入るなり瞬間移動を発動させて、自宅の五十メートル手前に飛んだ。
「ふぅ……」
家に帰れば、すき焼きが待っている。
今日はお肉をたくさん食べよう。
そんな事を思いながら、家の前まで来ると、
「おや?」
僕の家の前に人影が一つあった。
もしかして、さっきの怖いお兄さん達のお仲間かと思って警戒していると、そうではなさそうだった。
背は僕よりも小さく、男ではなく、女の子だというのがそのシルエットから分かった。
警戒心を解いて家の前まで来ると、
「あ、お兄様! ごめんなさい、人違いでした。お兄様はあなたみたいに背が小さくないし、へんてこでもないし……」
お兄様!
なんという心地よい響きなんだろう。
僕が言われてみたい台詞の上位入っている台詞をこの女の子は平然と口にしていた。
お兄様、と!
でも、なんだろう、この女の子は?
街灯の明かりなどもあって、女の子の顔がしっかりと見えてきた。
凜とした顔立ちで、目がくりくりとしていて、可愛いというよりも綺麗系だ。
そして、腰の辺りまである黒髪。
服装はどこかのブランドものであろう可愛いワンピース。
僕のクラスメイトだったりしたら、すぐに恋に落ちてしまいそうなほどの美少女だった。
「あ、あの……」
僕が家に入ろうとすると、その美少女がおずおずと話しかけてきた。
「な、何?」
「この家の方ですか? えっと、万次郎……ええと、万次郎お兄様はこの家にいますか?」
は?
万次郎お兄様?
僕、万次郎にこんな美少女の妹がいるなんて初耳なんだけど。
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