『流石ですわ、お兄様』と褒めてくれる妹が欲しかったけど、何故か自称張飛の生まれ変わりの弟が養子で来て『さすがだ、兄じゃ!』と褒めてくれるようになった件について
ピーチネクター片手に桃園の誓いを 第四話 ver2.0
ピーチネクター片手に桃園の誓いを 第四話 ver2.0
「兄じゃ! 昼飯じゃ!」
お昼休みになると、万次郎はまた僕の教室に来て、大声を張り上げた。
クラスメイトが一斉に万次郎を見た後、僕に鋭い視線を送ってきて『ちゃんと躾けとけ!』と圧力をかけてくる。
そんな目で見られても、僕にはどうしようもないので、肩すくめて、やれやれといったポーズを取って見せた。
クラスメイトがさらに眼力を上げて、僕に万次郎の徹底指導を要求してくるも、やれやれのポーズでもまたしてもかわした。
うん。
僕は自由主義なんだ。
万次郎の好きなようにさせてやりたい。
僕は兄なんだから、それくらいの包容力がないとね。
「さあ、昼飯だ!」
これが俺のやり方なんだとばかりに、僕の所に駆け寄ってきて、僕の机の上に弁当箱を置いた。
三合飯の上に梅干しが一個だけ乗っかっている日の丸弁当だ。
おかずよりも銀シャリと言って憚らない万次郎にとってはご馳走なのだ、三合飯は。
「美味いのう! 銀シャリは!」
万次郎はご飯だけのお弁当をご馳走だと言わんばかりに幸福そうな表情をしながら、ガツガツと食らっている。
「兄じゃに悪いのだ! 俺だけこんなに銀シャリを食べてしまって」
「いや、いいって。僕は草食なんだ」
そんな万次郎と対照的に僕は母親が用意してくれた、普通の手作り弁当をゆっくりと味わいながら食べている。
義理の弟である万次郎とは弁当が違うけど、これはこれでいいのかもしれない。
「さすだが、兄じゃ! カロリーコントロールが万全だ! それに引き換え、俺は炭水化物とカロリーの取り過ぎだな! がははっ!」
そう豪快に笑ってからまたご飯をがっつきだした。
そんな義理の弟の表情をしてみるだけで、僕は満足だった。
「……む!」
万次郎の箸が止まった。
なんだろうかと思って、その表情を見ると、何かに怒り心頭といった様子がありありと窺えた。
「どうした?」
「兄じゃ! いじめはいかんと思うのだよ!」
「は?」
「貧乏をあざ笑うなど心の卑しき者がする所業! 聞き捨てならん! こらしめてくれる!」
食べかけの弁当を机の上に置いて、万次郎はおもむろに立ち上がった。
何がどうしたので?
僕に怒っているワケではないのはすぐに分かった。
誰に対して憤りを感じているのだろう?
黙って万次郎の様子を見ていると、教室の窓際にいる大声ではしゃいでいる女子のグループの方へとずかずかと歩いていく。
たしか……ええと、三田祥子がリーダーみたいになっている、半グレともつるんでいると噂されているグループだ。
万次郎が何をしたいのか分からないけど、兄としては見守るのみだ。
もし危なそうな展開になったら助けに入ればいい。
それが兄としての務めのようなものだ。
「貧乏を馬鹿にする者どもよ!」
万次郎はそんなグループの真正面に仁王立ちをして、リーダー格の三田祥子をギロリと睨み付け始めた。
「……な、何よ、あんた」
さすがの三田祥子も万次郎に気圧されている。
他の女子達も当然びびっているのが見て取れる。
あんなひげ面のどう見ても三十代の豪傑まんまの男に睨まれたらすくんでしまうのは仕方の無いことだ。
「そこの女、お前もお前だ! 何故反論せぬ! 貧乏である事を馬鹿にされているというのに、へらへら笑いおってからに!」
よくよく見ると、普段はそんなグループとはつるんでいないはずの牧田雪さんが、取り巻きに囲まれるようにして椅子に座っていた。
今度は、そんな牧田さんを睨め付け始めた。
牧田さんは父親が社長をやっていたのだけど、半年くらい前にその会社が倒産。
で、借金から逃れるために両親が離婚して、今では母親と慎ましやかに暮らしているという話だった。
一時期に比べると、食べるものや着るもののランクが落ちたという話があったけれども、その事なんだろうか?
「……えっと、貧乏でお金がなくて、下着を買い換えるのも一苦労しているのも、シミがついた汚い下着を身につけているのは本当だから、しょうがないかなって」
万次郎にがっつり睨まれていてもひるまずに牧田さんは自虐的に笑った。
「それが事実とて反論すべきである! 己の誇りを馬鹿にされているのと変わらんのだぞ」
「えへへっ、私は大丈夫だから」
なおも牧田さんはへりくだったように笑う。
見ていて痛々しいな。
「女! 俺は両親に捨てられて、天涯孤独で生きていくと思っていたが、兄じゃと出会い、俺は世界が変わった! これまでは俺の境遇を馬鹿にしてきた奴らを、やくざ者であろうが、先生であろうが、誰であっても、木に吊してむち打ちの刑にしてきたが、今は違う! 貧乏であれ、なんであれ、自信を持って生きろ! 気持ちの持ちようで世界はいくらでも変わるのだ!」
そんな演説のような語り口調で声を張り上げていたものだから、教室内がざわつき始めた。
それもそのはずで、自分が捨てられた事も隠すわけでもなく、ぶっちゃけちゃうのは、人の目を憚らないにもほどがあるというものだ。
「きゃはっ! こいつ、捨て子だって、きゃははっ!」
三田祥子が万次郎の事を指さして、腹を抱えて笑い始めた。
何がそこまで面白いんだろう?
「馬鹿女! 捨て子で何が悪い!」
馬鹿女と言われた瞬間、三田祥子の目つきが明らかに鋭くなった。
ドスが聞いた鋭さというべきなのかな。
女の子にしてはちょっと怖いかも。
「……あんた、今、私の事、馬鹿って言ったよね?」
「ああ、言ったとも。馬鹿女と!」
「ただじゃ済まさないわよ」
「どう済まさないというのだ、女!」
「帰り道に気をつけなさいよ、捨て子ちゃん」
三田祥子は何か謀がありげに不敵な笑みを浮かべた。
「女! それは脅迫なのか!」
僕は直感的に何か起こるんじゃないかと思った。
半グレとつるんでいるような奴とのいざこざは正直、兄としては感心しない。
なんていうか、僕の直感はよく当たるんだ。
直感っていうのは、超能力の一種なのかもしれない。
今日の夕ご飯はすき焼きだったというのに、夕ご飯の時間になっても万次郎は家に戻ってはこなかったんだ。
僕にさえ何ら連絡もなく……。
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