第3話 精霊の儀式?
やはりと言おうか、彼女は人間だった。
両親はこの山で山賊に襲われ、殺されたらしい。
まだ赤ん坊だった彼女――リルフィーだけが生き残り、ホワイトレイディ達に拾われたのだそうだ。
精霊がそんな気紛れを起こしたのは、何かしら自分達と通じるものを感じたせいだろう。
何しろこの赤ん坊は魔術で周囲の熱を自分の周りに集め、凍えるのを防いでいたのだから。
「――儀式? 僕を襲ったのがかい?」
「正式に精霊の仲間になる為のね……でも、失敗しちゃった」
僕の予備のマントに包まり、ぺたんと地面に座り込んで身の上話を語る彼女の姿は、ひどく寂しそうで幼く見えた。
一通り話し終えると、リルフィーは僕に文句をつけ始めた。
彼女には言いたいことがたっぷりあるようだが、僕には僕の意見がある。
「君のせいで僕は動けなかったんだぜ? それに結局助けてあげた」
「私が服を破かれてからね。のんびりブーツを脱いで!」
靴下だけで凍った地面を歩くのはかなり厳しかったのだが、ゼロ評価のようだ。
おまけに何故か、彼女は僕と目を合わせようとしない。
スノービルダーの一方的な求愛行為にショックを受け、半べそをかいたのを恥じているのだろう。鼻の先がまだ赤かった。
あるいは僕に披露したものがささやか過ぎた事を、申し訳なく思っているのか。
「気にしなくていいよ。可愛いおっぱいだった」
「……何ですって?」
石造りの彫像が動き出したかのように、ぎこちなく顔を僕に向ける。
おや、照れているのかな?
僕はにっこり微笑んであげた。
「色も、綺麗だった」
「そぉ……それはどうも」
彼女もにっこりした……いささか、いや、かなり気になる笑い方である。
切迫した生命の危機を感じ、僕はとっさに話題を逸らした。
「そう言えば不思議だな。スノービルダーが一匹しかいないなんてさ。あいつら、普段は群れで行動するのに」
話題が全然変わっていない。我ながら下手糞なごまかし方だ。
ところが、この台詞は思いがけない効果をもたらした。
リルフィーは見る見る顔色を変えた。
そして、いきなり洞窟の奥に向かって走り出したのである。
僕は慌ててあとを追った。
□
辿り着いた先は、大きな広間になっていた。
どうやら幾つもの洞窟がここにつながっているらしい。
あちこちに膝丈の氷柱が半透明の卵をぐるりと取り囲んで林立している。
卵はぼんやりした光を辺りに放っていた。
ここは差し渡し五メートルもある翼を持つ鳥、アイスバードの営巣地なのだ。
そして親鳥達は卵泥棒――数十匹のスノービルダーと戦っていた。
アイスバード達は鋭い嘴で攻撃を仕掛けていたが、ここは鳥達が本来の力を発揮するには狭過ぎるし、盗人は骨の棍棒で武装している。既に何羽ものアイスバードが冷たい骸と化していた。
リルフィーは唇を震わせて呟いた。
「ひどい……!」
僕は顔を顰めたが、特に動揺はしなかった。
スノービルダーだって、何かを食わなくてはならない。
虫の好かない連中だが、彼らなりの事情があるのだ。
だからリルフィーが広間の中へ駆け出していった時、僕は彼女を止め損ねてしまったのである。
「やめなさいっ!」
叫びながら魔術を発動させ、幾本もの氷の槍をスノービルダー達に投擲する。
身体のど真ん中を刺し貫かれ、数匹が絶叫を上げて倒れた。
だが、敵はあまりに多かった。
奇襲の衝撃から立ち直ると、わらわらとリルフィーを取り囲む。
そして、四方から棍棒を振り回して襲いかかった。
もう彼女には魔術を使う暇がない。
アイスバード達の援護も空しく、広間の隅に追い詰められ、身をかわすだけで精一杯だ。
このままでは殺されるか、あるいはもっと酷い目に合うだろう。
今や残虐な歓喜の吼え声を上げて獲物を嬲り出した馬鹿者達の視線は、前方に集中している。僕は足を忍ばせて包囲の輪に歩みより、背中から容赦なく斬りつけた。
そうして数匹をあっさり仕留めたが、さすがにこれは奴らの注意を引いたらしい。
振り向いたスノービルダーの首を斬り飛ばすと、僕は囲みを破ってリルフィーの前に飛び込んだ。
「助けて……な、なんて……言ってないわ」
彼女はすっかり息が上がっており、折角の憎まれ口も迫力不足だった。
僕の方は得物の長さを活かして必死に防戦に努めながらも、何気ない口調を保つ事ができた。僕の得意技だ。
「君は正義の味方かい?」
「えっ?」
「どうしてこんな馬鹿をやらかしたのか、聞きたいのさ」
もし「正義」とか「可哀想」とか言おうものなら、僕は一人で逃げ出していただろう。
「――昔、最初に私を見つけたのはアイスバードよ。この子達が精霊を連れて来てくれなかったら、両親と一緒に死んでいたわ」
「恩がある……つまり君個人の問題だね?」
「ええ、貴方には関係ない。私が隙を作るから……」
続きを聞く必要はなかった。
「アイスバード達にも協力させられないか?」
「それは……できると思うけど……」
「まず君が魔術を放つ。次に僕が奴らに斬り込む。で、アイスバードが攪乱している間に素早く戻る。それを繰り返せば、何とかなるかもな」
まぁ、少なくとも味方が疲れ果てるまでの間は上手くいきそうだ。
「僕は騎士じゃないが」
ちらりと振り返ると、彼女は泣きそうな顔をしている。
僕は微笑んだ。
「美しきご婦人の為に戦うのも、悪くはないさ」
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