第2話 新人女優
「今回の作品でデビューする、新人のカヤさんです」
プロデューサーが若い女性を紹介すると、その女性はサングラスを外し挨拶した。
「カヤです。よろしくお願いします」
カヤの姿を目にした瞬間、ミカの全身に衝撃が走った。
透き通った白い肌、男も女も吸い付きたくなるようなみずみずしい唇、短距離走選手のようなしなやかな筋肉をまとった完璧なプロポーションの体、耳に届くだけで恍惚となる聞き心地の良い声。
そして何よりも、心を見透かされるような、それでいて、世界中で自分だけを見つめているかのように思わせる瞳に、まるで時間が止まったかのように吸い寄せられた。
「……となります。皆さん、異例のこととなりますが、よろしくお願いします」
はっと我に返ると、プロデューサーが深々とお辞儀をし、何かを言った。
「すみません、ちょっと聞こえなかったのですが、もういちどおっしゃって頂けますか?」
「はい。今回カヤさんは本人のたっての希望でアクトノイドを使わずに、生身で作品に参加します。異例のこととなりますが、よろしくお願いします」
私が尋ねると、プロデューサーが答えた。
「すみません、今回の作品はハードなアクションシーンがありますが、その部分はアクトノイドでいいですよね」
「いいえ、全て私自身が演じます」
割って入った監督の質問に、カヤが答える。
「いやいや無理でしょう! 生身の人間でもできるようにするとリアリティが落ちますよ。今どき生身の俳優による演技なんてありえません」
「いいえ、本当の人間が演じるからこそリアリティが出るんです。いくら技術が進んでもアクトノイドは本当の人間ではないし、オペレーターがリモートで操作すると、どうしても実際にそこで感じる緊張感や恐怖感が表現できません」
「そうは言っても、現実にアクトノイドが現場に入ってからの作品の方が、クオリティがあがってますよ」
生身の人間による演技など受け入れられないと、監督が抗議する。
「それは、アクトノイド導入直前の作品の質、特に俳優の演技力が低かったからです。往年の名作の『恐怖の報酬』や『七人の侍』はまるでそこにいるかのように感じますし、また、ジャッキー・チェンの作品群は人間が演じてこその迫力と緊迫感があります。私は、現在のアクトノイド作品にはない、魂を揺さぶるような作品を作りたいんです」
カヤもゆずらない。
「私は子供の頃から女優に憧れていました。憧れるだけでなく、演技力も身体能力も必死に鍛えてきました。アクトノイドにできる表現力は全て身につけているつもりです」
「口だけではなんとも言えるが」
「では、実際に試して下さい」
カヤが自信満々に答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カヤを取り囲む5人の悪人面。それぞれが木刀やナイフなどの武器を手にしている。
「リハーサルは一回しかしていないが本当に大丈夫か。怪我しても責任はとれないぞ」
「大丈夫です。すべて動きは把握しています」
不安とわずかばかりの苛立ちが困った声で監督がたずねると、カヤが自然体で答えた。
「アクトノイド部隊は大丈夫か?」
「はい。ただ普段は多少当てても大丈夫なんで、思いっきりやってますが、生身の人間相手となると動きが多少固くなるかも。一応、ナイフの刃は丸めてあるし、木刀も軽いものですが、当たれば怪我ぐらいはしますから」
「普段どおりでお願いします。本気でやらないと意味がありません」
「怪我でもしても僕は責任を持てないよ」
「それで結構です」
「よーし、本番行くぞ」
監督の一声で場が静まり、緊張感がみなぎった。
「アクション!」
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「チェストー!」
カヤを取り噛む一人の男が襲いかかる。木刀を振りかぶって、振り下ろした瞬間、カヤが紙一重で身をかわし、回し蹴りが炸裂した。
「うげーっ!」
男が吹っ飛び、その瞬間、別の男がカヤの後ろからナイフで襲いかかる。ナイフが背中に刺さる直前、すばやく身をかがめたカヤが、男の手首をつかみ、投げ飛ばす。
「うわーっ!」
更に、男が吹っ飛び、囲んでいた一人の男に激突し、もろとも倒れる。
「同時にいくぞ!」「わかった!」
残った二人が、左右からカヤに襲いかかる。と、その瞬間、それぞれの男の手首を片手でひねり、二人の男が床に突っ伏した。
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「カットー!」
監督の声がかかった瞬間、ミカの体から力が抜け、全身の毛穴から汗が吹き出した。
「すごい……」
心の中でつぶやく。本番が始まった瞬間、カヤの体から怒気が発散され、男たちが襲いかかり撃退される様子に、自分があたかも暴力の現場を間近でみているかのような恐怖感、緊張感、高揚感に包まれた。
「ジャッキー・チェンの身体能力を持った新人女優とかありえないでしょう」
共演者の一人がつぶやいた。ありえないったって、現実に目の前にいるんだからしょうがない。
「身体能力がすごいことはわかった。次は感情表現についても試していいか? キスシーンとかあるけど大丈夫?」
「はい、私は女優ですから」
アクションだけでは女優はつとまらないと言外に含む監督に、カヤは平然と答えた。
「アクション!」
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カヤと男のアクトノイドが見つめ合って立っている。そして、大粒のナミダが、カヤの頬を流れた。
「あなたが、あなたのことだけが、ずっと……」
声が上ずるカヤ。全身が細かく震え、男の体に身をもたげ、男の頬を両手でそっと包む。そして、そっと唇を近づける。
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「カットー!」
監督の声がかかった瞬間、ミカは自分が声もなく泣いている事に気がついた。
「彼女は本物だ……」
誰に聞こえるともなく呟いた。
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