第123話 顕わになった、メレンケリの右手
「うっ……くっ……」
メレンケリは、目を開けたはいいが、体が痛くてたまらなかった。呼吸も苦しい。しかし呼吸の方はうつ伏せになっているのがいけないのだと思い、痛みのある体を何とか動かして仰向けになった。
「ごほっ!ごほっ、おほっ、くっ……」
呼吸が楽になったはいいが、急に空気が多く入って来たせいでむせ返ってしまった。メレンケリはゆっくりと息を吐き、呼吸を落ち着かせると空を見上げた。
「星だ……」
雲一つない黒い空には、白い点の粒が無数に広がっていた。きらきらと輝いており、とても美しい。
「……」
メレンケリは束の間、自分が何をやっていたのかすっかり忘れていた。だから、呑気に星空を眺めていた。
(そういえば、私は何でここにいるんだっけ?)
冷たい地面の上に寝そべり、何をしていたのか。
どうして体がこんなに痛いのか。
ぼんやりとそんなことを思う。
(夜空なんて、久しぶりに見たような気がする)
メレンケリはほうっと息をついた。白い息が、現れて消えていく。
そして、星を掴もうとするように、徐に右腕を空へ伸ばしてみた。
彼女の瞳に、白い右手がうつる。
(あれ……?)
メレンケリはそのとき、ようやく自分の手に違和感があることを感じた。
彼女はそれに気が付いて目を見開いた。
「……まじない師の手袋が」
なかったのである。
こんなことは今までに一度だってない。この右手が、普通の人と同じように白い肌を顕わにしているなど、あり得なかった。
メレンケリは手を握ったり、開いたりしたとき、その手にぬめりのある感触を思い出す。それは真新しい記憶で、今しがたそれを体験したのだと体が訴えてくる。メレンケリはその体の記憶を頼りに、何が起こったのかゆっくりと考えると、徐々にその時の状況を思い出してきた。
「……私は大蛇に触れた……触れたんだ。だけど……」
メレンケリは、右腕を地面に放り出した。
彼女は、ようやく何があったのか思い出したのだが、最後の出来事がどうなったのか知るのが怖くて起き上がることができなかった。
(グイファス……)
大蛇に触れた瞬間、メレンケリは確かにグイファスとぶつかった。だが、ぶつかったのは右手ではない。きっと右腕のほうだ。だから、彼は無事なはずだ。右手には触れていないはずなのだ。
メレンケリは、自分にそう言い聞かせる。
だが、もし触れていたなら――。
「……」
メレンケリは左腕で自分の顔を覆った。
彼を探して、その姿を見るのは怖かった。
だが、そう思って何もしないで寝そべっていても、寒空の下である。こんなところで寝ていたら、死んでしまう。
(だったら、……行くしかない)
メレンケリは心も体も動きたくなかったが、何とか力を振り絞って立ち上がった。戦況を見なくてはならない。それに、もし大蛇が石になっていないのだとすれば、再びメレンケリは戦わなくてはならなかった。
立ち上がると、遠くの方で燃え盛る炎が見えた。煙も上がっている。どうやらまだ消火に至っていないようである。
「行かなくちゃ……」
そう言って、何とか前へ進もうとした時である。
「メレンケリ・アージェ」
彼女の背に声が掛けられた。
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