第110話 グイファスの友

「単刀直入に聞く。あなたは、グイファスのことが好きか?念のため補足しておくが、友達としてではなく、異性として好きかを聞いている」


 メレンケリは最初、彼女が何と質問しているのかが分からなかった。そのため、何度も頭の中で彼女の質問を繰り返した。三回ほど繰り返し、ようやく言っている意味が分かると急にメレンケリの瞳に生気が戻り、大きく見開いた。


「何で、そんなことを聞くのですか……!」

 今しがた会ったばかりの人に、グイファスを好きかどうか聞かれるなど想像もしない出来事だった。だが、ローシェは淡々と質問を続ける。

「じゃあ、嫌いなのか?」

「えっと、あの……そ、そうじゃないですけど……」

「そうじゃないなら、好きか?」


 ――好き。


 メレンケリの心の中で、その一言がぱっと広がる。ついでに表情が緩むと、ローシェはすかさず言った。

「好きなんだな」

 その瞬間、メレンケリは顔から火が噴きそうになるほど熱くなる。自分の気持ちが漏れてしまっていることが、単純に恥ずかしかった。彼女は布団を被り、くぐもった声でローシェに言い放った。

「からかっているのですか⁉そんなことをして面白いですか⁉」

 だが、メレンケリの気持ちとは裏腹に、ローシェは真面目に答えた。

「すまない。からかうつもりはなかったんだ。許してくれ。そうじゃなくて、もし君が好きだと言うのなら、諦めないで欲しいと……そう思っただけなんだ」

 メレンケリはそろそろと布団から顔を出す。

「え……?」


 ローシェは綺麗な青い瞳をメレンケリに向けた。


「諦めないでいてくれるか?」

 メレンケリは眉を寄せた。

「どうしてそんなことを聞くのですか?」

「……まあ、そうだな。私が言うことじゃない」

 ローシェはそういうと、はあとため息をついた。

 メレンケリはその様子を枕から頭を少しだけ浮かせて見ていたが、すぐに力を抜く。ローシェがどうして、グイファスへの気持ちをそのまま持ち続けてくれと言うのか分からなかったが、それはすでにメレンケリの中で諦めたことだった。


「もし、あなたが私が彼への想いを持ち続けることを望んでいたとしても……、私には無理な話です」

「どうして?」

 ローシェがすぐに聞き返す。メレンケリは考えるために少し沈黙すると、彼女から目を逸らし、シェヘラザードがグイファスに抱き着いていたときのことを思い出す。

「グイファスには……、許嫁がいると聞いています」

 ローシェは背筋を伸ばして目を瞬かせると、はっきりと言った。

「誰から聞いたのか知らないが、グイファスには許嫁はいないよ」

 メレンケリは驚いて、ローシェを再び見た。

「……え?」

「正確には、許嫁がいた、だ。実はね、私がグイファスの許嫁だったんだ。そこのところは聞いてる?」

「……いいえ」

 メレンケリは眉を寄せた。確か、メデゥーサが言っていた許嫁の名はシェヘラザードだったはずである。説明を求める顔をしたメレンケリに、ローシェは笑って教えてくれた。

「グイファスは、王族から外された身ではあるものの、その血には王家の血が流れている。だから、親同士が私たちが幼いときに将来の夫婦として勝手に決めつけてしまったんだよ。私は身分の高い娘だから、グイファスの妻として相応しいと思われたんだろうね。だけど、それは五年前に破談になったんだ」

「どうして……?」

 掠れたような声でメレンケリが答えたので、ローシェは話を一時中断した。

「少し水を飲もうか」

 そう言われたので、メレンケリは体を起こそうとするが、それよりも先にローシェがメレンケリの体を起こし、傍に置いてあった吸い飲みをメレンケリの口元に当ててくれる。

 そしてメレンケリの口の中に、ゆっくりと常温の水が流れ込む。思った以上に水を飲んだので、体が水を欲していたようだった。


(この人、見た目以上に体がしっかりとした女性だわ……)


 メレンケリは水を飲みながらそんなことを思った。細い見た目からも想像はできなかったが、貴族の女性とは思えないほど支えがしっかりしていて、メレンケリは安心して水を飲むことができた。


「ありがとう」

 元の位置に戻されたメレンケリは、ローシェにお礼を言う。すると彼女はにこっと微笑んだ。

「どういたしまして。さて、さっきの話の続きだな」

 ローシェはベッドの横に置いてある椅子に座りなおすと、中断した話を再開した。

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