第100話 二人の間に起こったこと

 朝の巡回は至って順調に進んだ。早朝に降っていた雪は止み、曇りから晴れに天気が変わったお陰で、軽く積もった雪もあっという間に消えてしまった。天候が悪いと巡回も大変になるので、晴れてよかったと一行は思っていた。


 今朝のメンバーは、サーガス王国の騎士三人と、リックス少将、マルス、メレンケリだった。リックス少将は前夜からの引き続きで参加しており、大蛇が出る可能性が高い朝と夜はできるだけ巡回に加わるようにしたようだった。


「今朝も大蛇は出ませんでしたね」

 巡回が終わった後、馬や武器を片付けながら、マルスはリックス少将に言った。

「そうだね」

「昨夜はどうだったんですか?」

「これと言って特には何もなかったよ」

「そうですか」


 ミアム中佐の大蛇が出る予想の時期について、昨日ジルコ王国の軍人たちも全員でその情報を共有していた。だが、リックス少将はそれに対して渋い表情をする。


「ただ、このようなやり方だと犠牲者が出かねないかな。今の我々は、被害者が出て初めて、大蛇の存在を認識できるような状態でしかないからね。大蛇が血を吸ったときに、襲い掛かっていては被害は免れないだろう。まあ、一番手っ取り早い方法ではあるのは間違いないけれど」

「……」


 マルスは正直、リックス少将の意見に頷くことができなかった。少将は最善で最小限の被害に食い止めることを考えている。たとえそこに犠牲者が出たとしても、それが最悪の事態よりも少なければいいという考え方だ。集団の考え方においては、仕方のない考え方ではあるが、個人の考え方だと納得できない。どういうことかというと犠牲者が出た時、それは他人から見れば「誰か」なのかもしれないが、知人や家族なら「誰か」にはならないからだ。

 黙りこくったマルスを見ながら、リックス少将は肩から力を抜くように、大きく息を吐く。


「マルス、そうならないようにしたいなら、大蛇が今取っている姿の人物を探すべきではないかな」

「え?」

「ほら、グイファスが言っていたじゃないか。大蛇は女の姿になっているって。メデゥーサ・アージェであると」


 リックス少将はそう言いながら、ぼんやりと立っているメレンケリに視線を移すと、一歩マルスに近づき、小声で尋ねた。


「そういえば、メレンケリは何かあったの?今朝はとても変だったけど」

 その質問に、マルスも小声で答える。

「やっぱりそう思いますよね」

「どっからどうみても変だよ。呼んでも上の空だし、朝食も食べたか食べてないかみたいな感じだったし。マルスは理由が分からない?」

「それが私にも分からないんです」

「マルスが、いじめたんじゃないの?」

「何でそうなるんですかっ」

「まあ、それは冗談だからいいんだけど――」

 マルスにとっては良くないが、少将は話を続ける。

「少し気になることはある」

「気になること、ですか?」

 詰め寄って聞いてくる部下に、リックス少将は少し嫌そうな顔をしながら答えた。

「いや、昨夜の巡回を終えて帰って来たときだ。丁度メレンケリの部屋の窓が開いていたんだよ」

「え?」

 ピンと来ていないマルスに、少将は説明をする。

「今は冬だよ。寒いのに、なんでわざわざ寝ている時間に窓を開けているんだろう?」

「……確かに」


 だが、ただ窓が開いていただけで、それ以上のことは彼らにも想像することができなかった。肝心のメレンケリは、ぼんやりしていていつになく暗く、何かを尋ねるような雰囲気でもなかった。


「……」

「それともう一つ」

 マルスは視線を少将に戻した。

「なんですか?」

「何故、今日はグイファスが朝の巡回に参加しないんだろう?」

 マルスは目を点にした。

「……はい?」

 マルスの反応に、リックス少将は目を瞬かせた。

「何も聞いていない?」

「聞いていませんけど……」

「そうか。君らは結構親しい中だから、自分がいつ巡回に加わるのか情報を共有していると思っていたんだけどな」

「確かに俺たちは親しいですけど、会う暇がなかったのでそこまでは知りません」

 少将は「それもそうだね」と頷いた。

「実は、朝の巡回はグイファスも必ず参加することになっていたのに、今朝は急に参加できなくなったと言われたんだ。何か問題でも起こったんだろうか」

 リックス少将の話に、マルスは表情を一気に曇らせた。


(二人に何かあったか?)


 メレンケリの不機嫌な理由と、グイファスの朝の巡回の不参加。

「……」

 何かあったような気はするのだが、マルスはいつもと違うメレンケリを心配しながらも、彼女が部屋に戻る背をただ見送るしかできなかった。

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