第96話 ローシェの会いたい人
「ジルコ王国から女の子が来たって言うから、会いに行こうと思ったんだよ。早朝になったのは、彼女が朝から仕事で出て行ってしまうと聞いたから。それなら彼女が仕事に出る前に行けば、会えると思ったってわけ」
「じゃあ、君はメレンケリに会いに来たってこと?」
驚くグイファスに、ローシェは片眉を上げた。
「メレンケリと言うのか……」
勝手にどんな子なのかを想像するローシェを見て、グイファスは何故か嫌そうな顔をする。それに気が付いたローシェは、短く言葉を言い放った。
「何だ」
グイファスは少し間をおいて、ため息をついた。
「……なんか会わせたくない」
「何を言っているんだ、君は」
お前のものじゃないだろうに、なんだ、その私に大事なものを見せたくないみたいな言い草は。
ローシェは言葉にしていないが、顔の表情からそういう言葉が迸る。グイファスは再びため息をついた。
「……何で会いたいんだ?」
ローシェは「何でそんな当たり前のことを聞くんだ」、と言わんばかりに答える。
「ずっと国交が冷え切っていた国の人と、交流できるチャンスだからさ。しかも軍人に交じってたった一人女の子がいると聞いたら、会わないわけにはいかないだろう」
「他の軍人に会えばいいだろう。マルスとかいい奴だから、会わせてやるよ」
ローシェはむっとした。
「会わせてやるとは何だ。君は何様のつもりだ?他の国の者をそんな風に言うなんて」
「彼とは友達なんだ」
「ほう。それは興味深い。だが、私が一番会いたいのは女の子だ。メレンケリと言う女性だ。女性は女性どうし、花が咲くような話をしたい」
「……花が咲くような話ね」
ローシェが花が咲くような話ができるかは謎だったが、メレンケリにとってはもしかしたら悪い話ではないかもしれない、とグイファスはふと思った。
グイファスはメレンケリに会ってから、彼女が女性と会話をしているところを見たことがない。確かに昨日使用人と話はしてはいたが、あれは単なる受け答えだ。会話ではない。
(ジルコ王国にいた時も、男としか話しているのを見たことがない。いや、でもあそこは軍事施設だし……それも当然か?)
だが、仲間と一緒だとしても女性一人で、母国を離れ異国に渡ることがどんなに心細いことだろうか、と今さらながらにグイファスは気が付いた。
(俺やマルスがいるからとは思ったが、女性は女性にしか分からない悩みもあるだろうに……)
何で今まで気が付かなかったんだろう。
そんなことを思いながら、目の前にいるローシェがメレンケリの話し相手になってくれたら良いなと思った。彼女は少々変わり者だが、身分や経歴などに捕らわれない考えを持つ人だ。メレンケリのことを知ってくれれば、きっと右手の力があったとしても受け入れてくれるような気がした。
「まあ……、それもいいかもしれないが、彼女が心を開いてくれるかな」
そこが問題である。
「どういうことだ?」
首を傾げるローシェにグイファスは、窓の外を眺めながら呟いた。今日は一段と冷え込みが激しいようだ。薄暗い空からは白い雪がぱらぱらと降り始めていた。
「右手に特殊な能力を持っているんだが、その力は人に害を及ぼすようなものだから、あまり自分から人に近づこうとしないんだよ。でも、近づけないわけじゃないんだ。その能力を無効化するために、いつも右手に手袋をかけているのだから、傍にいっても何の問題もない。だけど、周りのことを考えて自ら離れようとしてしまう、そんな優しい子だ」
「……」
優しさの中に、悲し気な雰囲気のある表情を浮かべた友を見て、ローシェは思った。彼が好きになった
「そうか」
ローシェはグイファスの好きな人が誰か分かったことは言わなかった。冗談を言ったり、からかうことは好きだが、本気にしていることを茶化したりはしない主義である。
グイファスはカップに残った紅茶を全て飲み干すと、ぱっと立ち上がった。
「さて、そろそろ朝の巡回も始まることだし、君が会いたいと言うメレンケリに会いに行こうか」
だが、その時である。ラウンジの廊下側の壁際で、ローシェとグイファスの話を聞いていた人がいた。その人は二人が立ち上がったのを感じると、何事もなかったかのようにその場を立ち去ったのである。
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