第95話 グイファスの好きな人

「なんにせよ、シェヘラザードのことは断ったよ」

「駄々をこねたのではないか?」

 昨日、嫌だと言って抱き付いてきたシェヘラザードを引っぺがすのに、少し苦労したことを思い出し、グイファスはぴくりと眉間にしわを寄せた。

「……多少は」

「それにしても、よく断れたな」

 ローシェは笑った。

「グイファスは、性格が優しいからね。女性に言い寄られると話を流す癖があるくらいだから」

「優しくはないよ」

 グイファスは苦笑した。

「色恋沙汰が面倒だと思ってきただけなんだ。ローシェが許嫁だったときは、君がいることを仄めかせば諦めてくれていたけれど、その切り札もなくなったからね。はっきり断ったとき泣いてしまう女性もいたから、こういうことに関して真正面から向き合うのは得意じゃないんだ」

「そうだったのか」


「お待たせ致しました」

 するとその時、使用人が紅茶を持ってきてくれる。お菓子は出来立てのクッキーだった。

 ローシェは紅茶の香りを嗅ぎ、頷いた。

「うん、美味しそう。ありがとう」

「ありがとう」

 ローシェとグイファスが使用人にお礼を言うと、持ってきてくれた女性は頬を赤らめて、軽くお辞儀をすると、照れ臭そうにその場から去っていった。


 ローシェは早速紅茶を一口飲むと、グイファスに尋ねた。

「もしかして、好きな人でもできたのか?」

 グイファスはその質問に、口元にカップを持っていこうとした動作を止める。

「何故そう思う?」

「今まで面倒だから向き合って来なかったんだろう?だけど、断ることにしたってことは、誰か好きな人が出来たからじゃないかと思っただけだよ。違う?」

 グイファスはローシェの推察にふっと微笑むと、紅茶を一口飲んだ。

「そうだよ」

「へえ。どんな子?」


 ローシェは身を乗り出すようにして聞いた。興味深々といった様子である。グイファスは好きになった人のことを想像し、言葉を選んでその人の人物像について語った。


「人の気持ちばかりを優先させて、自分の気持ちを押し殺してしまうような優しい子だよ。でも、強い気持ちもあってね。支えてあげたいと思うんだ」

 そう言って、グイファスはカップの中の紅茶を燻らせながら、静かに微笑んだ。

「……」


 優しく、柔らかな表情をするグイファス。

 それは、今までローシェでさえ見たことがない彼の一面だった。

 グイファスは仮面を被るのが得意な男で、その場その場に合った顔をする。そしてそれは、社交場で女性と会話をするときでもそうだ。彼は優しい。だが、その奥には決して一線を越えることがないラインが引いてある。誰も踏み込むことができない一線だ。それはローシェでも越えたことがない。


(グイファスの心に近づいた人か。どんな子なんだろう)


 ローシェは嬉しくなって、微笑んだ。だが、それは素直には言わない。

「全く。照れくささもなく、よくそんなことが言えるなあ」

「……君が聞いたんだろう」

 グイファスは取り繕うように咳払いをすると、話題を変えた。

「そう言えば、ローシェ。君はこんな朝早くに、何をしに城に来たんだ?それに許可もなく城には来れないはずだが」

 ローシェはグイファスの指摘に、ふんっと鼻を鳴らした。

「許可なら父上を通して取ってもらっている。言っておくが、君に会いに来たわけじゃないぞ」

「はいはい」


 グイファスは適当に受け流す。そんなことは、城の前で会ったときに分かってるし、彼女の性格上そういうことをする人ではないことくらい、百も承知である。だが、次にローシェの口から出てきた言葉は、グイファスを驚かせた。



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