最終章 大蛇との戦い

1、朝の巡回

第78話 グイファスの気遣い

 メレンケリはサーガス王国に来た時と同じように、グイファスの馬に乗り仕事をはじめる。彼の馬に乗ることになったのは、単にリックス少将の指示があったからだ。彼は、メレンケリに「慣れた人と乗馬した方がいいだろう」と言って、グイファスにメレンケリを託したのだった。


 そして肝心の仕事の方であるが、朝の巡回は午前六時から行われる。夜は明けてはいるものの、やはり太陽が上まで登らなければ冬は寒い。朝食もまだだったメレンケリは白い息を吐きだし、歯をかちかちと鳴らしつつ周囲を見渡した。


(寒い……そしてまだ誰もいないわね……)


 この時はほとんど人が外を歩いている様子はなく、早朝から工場で働く男たちがちらほらと街を歩いている姿しか見かけられなかった。それも、やはり大蛇の噂があってか否か、一人で歩いている者はいなかった。


「メレンケリ、大丈夫?」

 グイファスが自分の前に座っているメレンケリに、周りに聞こえないようそっと尋ねる。

「ええ、大丈夫よ」

 メレンケリは心配かけないようにと、毅然として答える。

「朝食は食べた?」

「……いいえ」

「それなら―……」


 そう言うと、グイファスは腰に付けていた鞄から小さな包みを出して、メレンケリに渡す。


「何?」

「ビスケットが入ってる。少しでも食べると違うよ」


 メレンケリは恥ずかしくなってしまった。足手まといにならないつもりが、すでにグイファスに頼ることになってしまいそうだったからだ。


「いいわ、いらない。もう少しすれば、朝食のために一度休憩するでしょう。それまで待っているわ」


 メレンケリはグイファスにその包みを返そうとするが、彼はそれを受け取る気はなかった。


「そんなことをして、君が必要なとき手足が悴んでいて動かない、なんてことになったら、そちらのほうが迷惑だ。だから、食べるべきだと思うけどね」

「……」

 グイファスの言い分はもっともだった。

 メレンケリはグイファスと包みを交互に見て、渋々とそれを受け取った。

「……分かったわ。そうする。それと……ありがとう」

 メレンケリは素直にお礼を言った。するとグイファスは金色の瞳を細め、柔らかく微笑した。

「どういたしまして」


 メレンケリは包みを開くと、ビスケットと少しばかりチーズが入っていた。メレンケリはそれをリックス少将たちに気づかれないうちに、さっと食べる。

 だがそうすると口の中が乾燥してしまうことに、食べてから気が付いた。どうしようかと思ったとき、グイファスは今度は水筒をメレンケリに渡した。


「出る前に使用人に淹れてもらってきた紅茶だ。この水筒はそこまで保温性はないから熱くはないと思うけど、それなりに温かいはずだ」

「……ありがとう」

 メレンケリはそれを受け取ると、水筒から感じられる温かさを手で感じる。


(グイファスは何でもお見通しなのね……)


 グイファスに渡された紅茶を飲むと、ちゃんと温かかった。

 グイファスと共にいると、今まで知らなかったことに気が付いていく。彼が人の話をよく聞く人で、その上優しく、正義感のある人であることは知っていたことだが、こんな風に相手の困っているところまで分かっているということが、すごいと思った。そしてだからこそ国王は彼を重宝し、親族として政治に関われないとしても、重要な地位につかせているのだと思った。


 そして、彼の持っている素質がメレンケリにも発揮されていく。そしてそのたびにメレンケリは、彼を尊敬し、その人柄に惹かれていってしまう。


(……きっと、他の女性にだって同じようなことをしているはずだわ。そうしたら、彼を放っておく女性ひとなんていないでしょうね……)


 こうして、メレンケリは巡回中でありながらも、グイファスの隣に立つ女性のことをつい想像してしまうのだった。

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