第54話 惹かれる気持ち
それからお茶を出している間に、メレンケリは作っていた夕食をオーブンで温め直していた。その準備が整うと、テーブルに並べる。夜遅くまで報告に時間が掛かるので、彼女は二人の為に夕飯を作っていた。
今日は寒いときには特別美味しく感じられるシチューと、チーズを乗せてカリカリに焼いたバゲット、それから色とりどりの野菜を使った炒め物だった。
「どうぞ」
マルスは食卓に並んだ料理を眺め、それらから香り立つ匂いを幸せそうに鼻で感じていた。
「今日もとても美味しそうだね」
嬉しそうな様子のマルスに、メレンケリは顔を綻ばせた。
「そうですか。時間がないので、いつも簡単なものしか出来ないんですけど…」
謙遜すると、グイファスが微笑んでメレンケリを見た。
「そんなことない。君が用意してくれる料理はいつも嬉しいよ」
その瞬間、彼女は自分の鼓動が高く跳ね上がるのを感じた。
「ありがとう……」
メレンケリは顔が熱くなるのを感じ、さっと顔を伏せてキッチンの方へ引っ込んだ。
(顔が……熱い……)
メレンケリは冷たい水を触って、冷たくなった手を頬に当てる。それが火照った肌に心地よかった。
(こんな気持ち……初めて……)
今回の出来事でグイファスとマルスの友情が育まれたのとは別に、メレンケリの中で恋が芽生え始めていた。メレンケリは少しずつグイファスに惹かれている自分に気づいたのである。
グイファスは、優しい。それは以前からそうだったかもしれないが、北の山から戻って来てからというもの、それが顕著に感じられた。
まず仕事が終わって二人を待っているメレンケリにも、今の状況を説明してくれた。
メレンケリは二人の体を労わって夕食を作って待っていただけなのだが、マルスは勿論のこと、グイファスも彼女のことを大蛇と戦う一人として認めていた。だからこそ、城で起こっていることや、軍事警察署でのことを全て包み隠さず話してくれたのである。
メレンケリは最初の頃、疲れている二人に自分に話をしてもらうなど申し訳ないと思っていたが、折角二人が疲れていながらも話してくれる内容であるため、それを聞かない方が失礼だと思った。それ故に彼女も真剣に話に聞き入り、どうやったら大臣たちがサーガス王国に自分たちを派遣してくれるように認めてもらえるかを考えた。
そしてグイファスはサーガス王国に対しても、ジルコ王国に対しても真剣に向きあい、マルスと話し合えば様々な意見を出してくる。
彼の、知的で優しくあるその考えに、メレンケリは心地よさを感じていた。
三人でいる時間を経て、メレンケリはグイファスが自分に話しかけ、その金色の瞳で見つめられるたびに、恋をしていることを知ったのである。
だが、その想いは静かに胸の内に秘めるに留めた。
(言っても迷惑なだけだもの)
監視役として付いていた自分に彼が振り向くはずもない。人を石にしてきた過去のある自分を受け入れてくれるはずはない。そう思っていた。
(確かに彼は私のことを思ってくれていた。だけどそれは、人としてであって、異性として惹かれるものではないわ)
メレンケリは、毎日グイファスとマルスとの話を聞き終えて、家に帰って眠るとき、自分の胸の上に手を乗せた。グイファスを愛おしく思う気持ちを抱くようにして眠るためだった。叶わない恋だとは分かっている。
しかし、メレンケリはグイファスに感謝していた。
何故なら、きっと彼に会わなければ、恋をすることもなかったはずだから。
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