第37話 石にならないもの

「そうだったんですね……。でも、この手袋は本当にすごいです。私が触れても石にならないんですから」


 するとフェルミアはふっと笑った。


「あんたが触っても石にならないものは、他にもあるだろう?」

 その問いに、メレンケリは驚いた。

「え?」

「当たり前じゃないか。何でもかんでも石にできるほど、その力は万能じゃないよ」


 メレンケリは心の中で「万能なんてとんでもない」と思いながらもフェルに尋ねた。


「私が触っても石にならないものなんてあるんですか?」

「なんだ。知らないのかい?」

「だって……触ったら石になってしまうのが怖いから……」

「まあ、それもそうだね」


 フェルミアはふと立ち上がると、壁に押し付けてあった木の収納箱へ行く。そしてその上に置かれた、分厚い本を開いて、ある一節を読んだ。


「『どうやら右手に宿ったこの力は、大いなる力には反応しないようである。例えば土や、水、それから大地に繋がれた植物たち。これらは私が触った限り石にはならない。ただし、植物は大地からの力を得られなくなると、右手の力に太刀打ちできず石になってしまう』」

「それって……」

「つまり、土や水はもちろん、花なんかを触っても石にはならないってことさ」


 メレンケリは目を見開いた。土はなんとなく分からないでもないが、花を触っても石にならないなど、聞いたことがない。ましてや父は幼いころに花を石にする遊びをしていて、大切な友人を失っている。この文献が正しいというのなら、父の話が嘘だということになってしまう。


(父上が嘘を? そんなはずないわ……)


 父の昔話は、真実味を帯びていた。あれが嘘などとは到底思えなかった。


「水は分かります。それは私が普段触っていますので、石にならないことは承知しています。また土の話も納得できます。触ったことはないですが、なんとなくそうじゃないかとは思えるんです。ですが、植物の話に関しては納得しかねます。父が……だって私の父は小さい頃に、花を摘んで石に遊んでいたと言っていました。そう考えるとその本に書いてあることは、間違いかと……」

 尻すぼみになりながらも、自分が思っていることをメレンケリはフェルミアに告げる。しかし、フェルミアは意外にも彼女の言い分に賛同した。

「ああ、そのことか。これには確かに植物は石にならないと書いてあるが、例外があるんだ」

「例外?」

「摘んでしまった花だよ。それは触れれば石になってしまう」

「摘んでしまった花……?」

 フェルミアは頷いた。

「花は、大地から切り離されたらダメなんだ。それはもう大地との繋がりがなくなっているからね。石になってしまう」

「大地から切り離されたらダメなんですか?」

「ああ。逆に、植えられている状態の花に触れても石にはならない」

 その時、メレンケリは今日初めて見た光景を思い出した。大地に植えられていた花に触れても、石にならなかったことを。

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