第32話 まじない師、フェルミア

「私の名前は、フェルミア。フェルと呼んでくれ」


 彼女はメレンケリ達を玄関から通じる廊下から左に入った部屋へ案内した。室内の中央には、長方形で重厚感のある四人掛けのテーブルが置かれている。部屋に入ってきた位置から見て、中央のテーブルの右手にはダイニングキッチンがあり、逆に左側には窓があってそこには一つだけ大きなソファがある。フェルミアはそこで作業をしていたのか、布生地が周囲に散乱していた。


 また部屋を明るくしているのが、テーブルの上に置いてあったランプの光だった。まだ時刻は昼過ぎだったが外は雨が降っており、暗かったからつけたのだろう。電気が通っていない山奥であるがゆえに当然ではあったが、強い光を放ち思った以上に明るかった。


「このランプの光、何でこんなに明るいんだ?」


 マルスが疑問に思って、ランプをまじまじと見た。


「熱エネルギーよりも、光のエネルギーに変換しやすい物質を燃やしているんだ。ただそれだけのことだよ」

「光のエネルギーに変換しやすい物質って?」

 マルスが尋ねると、フェルミアは鼻で笑った。


「お前はただの付き添いだろ。それとも明るいランプを作るための助言でも聞きに来たのか。それならそれで対価がいる。情報は取引だ。タダでもらえると思うな」


 マルスはフェルミアの言葉に顔を引きつらせた。

「なっ……」


「勘違いするな。聞きたいことは教えてやってもいいが、私は自分にも価値があるものとの交換をしなければ取引はしない。

 まじない師なんて、どこから見ても胡散臭いだろ。

 だからかな。サーガス王国が住みにくくなり、私の祖先はジルコ王国へ移った。

 だがそこでもひどい扱いだ。草をいじってるとか、変な薬を作っているとか嫌な噂ばかり立つ。その癖に、噂を立てた奴は自分が困ったら縋りついてくる。知恵のないやつらがいけないのに、泣きべそをかいて助けてくれと言ってくるんだ。

 そういうやつを幾度となく見てきた。だから私から何かを聞くときは、必ず対価を支払ってもらっている。シビアに。金での取引だ」


「お金を払ったら答えて下さるんですか?」

 メレンケリが尋ねると、フェルミアは細い目をより細めた。

「ああ。だが、お前はちょっと特別だ。私の祖先から託された存在だからね。聞かれたことに関しては、全て答えてやるよ」

「どうしてそんなに親切なんですか?」


 マルスとの対応の違いに驚くと、フェルミアは当たり前と言わんばかりにこう言った。


「右手の力。それは我々が招いてしまった出来事が原因だからね」

「我々が招いてしまった出来事……?」


 メレンケリは首を傾げていると、フェルミアは「まあ、まずはお座りよ」と言って三人を席につかせた。グイファスとマルスが部屋の出入り口の方に座り、フェルミアとメレンケリが反対側で隣同士に座った。それからフェルミアが思い出したようにお茶を出してくれた。マルスには「取引はお金だ」と言っていたが、案外優しい人である。

 出してくれた飲み物と言うのが、濃いお茶に熱々のミルクで割った『ミール・キース』というものである。雨の中歩いてきたので、温かいお茶が有難かった。三人は美味しく頂き、お陰で体の芯から温まったのだった。

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