第31話 『風ノ術』

 まじない師の家は木でできた平屋で、大きくもなければ小さくもない印象だった。家の窓には、葉っぱを乾燥させるためなのか紐に吊るして幾つか掛けてあった。それ以外は外から見る限り普通の家で、出入り口には火の入った頼りない光が客をもてなしているかのようだ。


「こんにちは」

 メレンケリはドアを叩きながら挨拶する。しかし、返事はない。

「留守かしら」

 心配そうに呟くと、グイファスが否定する。

「いや、俺の国にいた呪術師も家にこもっていることが多いと聞いている。多分、聞こえないだけだろう」

 そう言うとグイファスは徐にドアを開けて、大声を出した。

「すみません!お尋ねしたいことがあるのですが!」


 すると家の奥から「ひゅうおぉ……」という風音が聞こえたと思うと、玄関に立ったグイファスに向かってその風が飛んできた。


「きゃっ」


 メレンケリはグイファスに掴まれて家の脇へ避難し、マルスはグイファスに押されて何とかその風にぶつからずに済んだ。


「うわっ!」


 風は外に出ると滞空し、メレンケリ達の周囲に強い風の渦を作ったが、まるで絡んだ糸がするりと解けるように力の塊がなくなり、その場からさあっと消えてしまった。


「何だ、今の……」


 マルスが驚いていると、グイファスは淡々と答えた。


「呪術師……いや、まじない師の『風ノ術』だ」

「『風ノ術』……?」


 メレンケリがグイファスの腕の中で呟くと、家の奥から中年の女性が出てきた。

 長い油っ気のないぼさぼさの髪を高い位置で一つに結わえ、麻生地でできているような白く長いワインピースに不思議な模様のベストを羽織っている。そして手には、羅宇ラウの長い煙管きせるを手に持っており、腕を組んでメレンケリ達を見つめる。その瞳は細く鋭かった。


「お前たちは誰だ」


 すぐに三人に近づくことはなく、廊下の一番奥の位置から腹に響くような強い声が発せられる。グイファスはそっとメレンケリを離し、その女性に向き合った。

「俺の名前は、グイファス・ライファ。サーガス王国の者です」

 グイファスが女性に問われた答えとして自己紹介をしたので、メレンケリも挨拶をした。

「私はメレンケリ・アージェです。ジルコ王国の者です」

「俺はマルス。マルス・リコア。彼女と同じく、ジルコ王国の者です」


 女性は見定めるように三人を遠くから眺めると、また質問をした。

「私に何の用だ」

「我が国のことについてです。封印の石が必要で、あなたを訪ねました」

 グイファスが答える。

「我が国……つまりサーガス王国のことだな。他の二人も同じ理由か?」

 女性の問いに、マルスが答える。

「俺はただの付き添いです」


 メレンケリはグイファスとマルスを見て、そして女性に視線を戻すと遠慮がちに言った。

「私は、自分の右手のことで……」

「右手?」

「はい」

 すると女性がつかつかとメレンケリに近づくと、いきなり右手を掴んだ。

「あ、あの、危ないです!」

 女性の目は薄い茶色をしていた。彼女はメレンケリを見ると頷いた。

「大丈夫だ。この手袋があるからな」

「……」

「それよりお前、ガイスの娘か?」


 女性はメレンケリを見下ろして尋ねる。

 ガイス・アージェ。

 それはメレンケリの父の名である。

「はい、そうです……」

「ここのことはお前の父親が教えてくれたのか?」

「はい」

 女性は考えるしぐさをした後、メレンケリを見て、そして彼女の後ろに視線を移す。

「……?」

 そこに何があるのか。メレンケリは不思議に思って振り向いたが何もなかった。

「あの……?」

「その様子だと、メレンケリは知らないようだね」

「え?」

 そして女性はマルスとグイファスを交互にじろりと睨んだ。

「まあ、後で説明してもらうとしようか」


 そう言いながら、女性は三人の間をすり抜けるように外に出ると、家の周りで育っている数本の木に近づき、持っていた煙管でその幹を軽く叩く。理由はよく分からなかったが、彼女がそれを終えた後、木々の間の空間が一瞬歪んだような気がした。

(気のせいかしら……?)

「さあ、これでいいだろう。中に入れてやるからお入り」

 女性はそう言うと、さっさと家の中に入ってしまう。三人は女性の背を見つめたのち、顔を見合わせると、後を追って家の中に入ることにした。

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