第2章 グレイ・ミュゲ
1、まじない師、フェルミア
第29話 北の山へ
「マルス、昨日はごめんなさい」
メレンケリ、グイファス、マルスは、貰った地図を頼りに、晴れた空の下、北の山の方へ向かっていた。その道中で、メレンケリが思い出したように左側に立つマルスに謝った。
「昨日のこと?」
マルスは、なぜ謝られるのか分からず首を傾げる。
「グイファスのことを頼んだ時、私、右手を出して脅したから……」
自分で言い出すのは辛かったが、謝らないままにしていたので気持ちがもやもやしていた。きっと嫌な思いをしたに違いない。そう思っていたのだ。
するとマルスは、明るい緑色の瞳を細めて笑った。
「ああ、それはメレンケリの話を信じなかった俺も悪かったよ。気にしなくていい」
「何故、脅したんだ?」
グイファスがマルスの左側で尋ねる。本当はメレンケリの横に立ちたかったのだが、さりげなくマルスにこの位置に追いやられてしまった。しかしマルスの行動は的確である。犯罪者の監視役だとしても、メレンケリは女性だ。それを考えたらグイファスは彼の行為は正当だと思った。
「サーガス王国の蛇の話を彼女から聞かされたんだ。だけど、信じられなくてね。グイファス、君を逃がすための作り話だと思ったんだよ」
「無理もない」
グイファスはすぐに話の内容について認めた。信じてもらえなくて当然だと思っていたのである。
「だけど、メレンケリが必死に説明するから信じようと思った。俺も困っている人がいたら助けてやりたいしな」
マルスの言葉にグイファスは金色の目を見開いた。そんなことを言ってくれる軍人がいると思わなかったのだ。
「君は……いい奴だな」
グイファスがぽつりと呟くと、マルスは照れ臭そうに笑った。
「そう言ってもらえるとは思わなかったよ」
和やかな雰囲気の二人に、メレンケリもつられて笑った。
警察署から約一時間ほど歩いたところで、北の山の麓まで辿り着いた。地図ではこの山の中腹くらいにまじない師が住んでいるようである。
しかし先程までの晴天が嘘のようで、雲行きが怪しくなってきた。空に薄い灰色の雲がかかり始める。
「急いだほうが良さそうだ」
グイファスが言うと、マルスが空を仰ぎながら頷いた。
「ああ」
それからグイファスは真剣な顔つきになり、声を潜めてマルスに尋ねた。
「俺の外出に付いてきている軍人は、本当に君だけか?」
「え?」
訝しそうに返事をするマルスに、グイファスは獣のように視線を静かに動かして周囲の状況に神経を尖らせる。
「視線を感じるんだ。ニ、三十人いるかな」
「まさか……今回の任務は俺だけ行くように頼まれていたはずだが……」
だがマルスも集中して、周りの情報を的確に捉えようとする。すると彼の目が一瞬何かをとらえたようだった。
「確かに。君の言う通りだ」
グイファスとマルスがひそひそと話し合っている間に、メレンケリは一休みと言った様子で、山の入り口で腰を下ろして座っていた。その時、彼女の目に紫色の小さな花が映った。そして父の過去の話を思い出す。
(父上は、花を石にしていたと言っていたわね……)
するとメレンケリは徐に右手の手袋を外し、その花に躊躇いがちに触れてみる。
(あれ?)
だが、触れた花は石にならない。メレンケリは不思議に思ってもう一度触れてみるとが、やはり石にならない。
(どういうこと?)
首を傾げていると、マルスに声を掛けられた。
「メレンケリ、先を急ごう」
「え?あ、はいっ」
メレンケリは急いで手袋をかけると、すでにグイファスが先に進んでいた。メレンケリは慌てて彼の後ろをついて行き、さらにその後ろをマルスが歩いた。
「……」
マルスは何かを確認するように自分の後ろを振り返った。だがすぐに前を向き、歩き出す。
山道はほぼ一本道だ。細い道の為、三人は一列になって先に進んだ。
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