第28話 交渉

「まじない師、か」


 次の日、早速グイファスにまじない師の話をした。父から地図の写しももらったので、行くことができることも伝えた。


「どうかしら。呪術師とは違うみたいだけれど、私のこの手袋を作ったのはその人みたいよ」


 グイファスは少し考えると頷き、メレンケリに向き直った。


「その人はこの国ではまじない師と呼ばれているのかもしれないが、多分サーガス王国で言う呪術師のことだろう。ぜひ、会ってみたい」

「そう。それなら、行ってみましょう」


 メレンケリがそう提案すると、グイファスは頷いたが困った顔をしていた。


「どうかしたの?」


「まじない師に会いに行くのはいいが、俺は外に出られるのか?」


 グイファスが懸念するのも無理はない。彼は元々犯罪を犯して捕まっている。そして疑いがまだかかっているからこそ、メレンケリを監視役として傍に付け、警察署で彼の動向を見張っているのである。

 だがそれについて、メレンケリはすでにマルスに相談していた。


「問題ないわ。すでに話はつけていて、明日にでも出かけていいことになっているから」

「そうなのか?」

「ええ」

 メレンケリはマルスとのやり取りを思い出す。




「グイファスを外に連れ出すだって?」

「そうです」


 メレンケリはマルスを見つけて捕まえると、警察署の一室に連れ出し、声を潜めて事の事情を説明した。サーガス王国のこと、グイファスが探している封印の石のこと、まじない師のことについてである。

 そして一通り話し終えると、マルスは眉をひそめた。


「それって、彼を逃がすってこと?」

 メレンケリがグイファスに気を許して、警察署から逃がそうとしていると思ったらしい。メレンケリはむっとして、少しだけ強い口調で否定した。

「違います。話ちゃんと聞いてましたか?」

「いや、だって信じられるか?蛇が王国を守ってるって。しかもその話しぶりからすると、グイファスはやっぱりサーガス王国のかなり地位の高い人間みたいじゃないか。だって直接国王から頼まれたんだろう?」

「それはそうかもしれませんけど……」


 グイファスが地位の高い人物かもしれない、ということはマルスに指摘されて今気が付いたが、メレンケリがマルスにグイファスの話をしたのは彼の地位を確認するためではない。

「グイファスを外に連れ出していいかどうかの話に戻してもらってもいいですか?」

「だけどなあ……蛇が国を守るって信憑性がなあ……」

 煮え切らない返答をするマルスをどう納得させるか。

(それなら私にも手があるわ……)


 そう思うとメレンケリは手袋をはめた右手を、マルスの顔の前に突き出した。急に出された手を見て当然のごとく彼は驚き、三歩ほど後ろに下がった。


「メ、メレンケリ!?」


 メレンケリはあまり右手を使って脅すようなことはしたくなかった。だが、話を早く先に進めるには仕方がない。


「では、私のこの右手のことはどうなりますか?」

「君の右手……?」

 そして彼女は自分の手を引っ込めた。

「そうです。力のある右手のこと、どう説明しますか。この力はどこからきて、どうして存在するのか。不思議だと思いませんか?」


 メレンケリはマルスの顔を見れなかった。彼がきっとまだ怯えていると思ったからだ。すると、マルスには彼女の気持ちが伝わったようで、少しの間黙って考えると彼女の意見に同意した。

「そうだな。確かに、不思議だ……。説明できない」

 マルスはつるりとした顎を撫でて思考すると、何度か頷きメレンケリに言った。

「メレンケリの右手が不思議に思うなら……、サーガス王国に置かれている状況も本当なのかもしれない。そういうこともありえるのかも。そしてそれが本当だったとしたら、放ってはおけないよなあ……」

 メレンケリは胸の前で両手を組んで握りしめた。

「それじゃあ……!」

 期待を込めてマルスを見つめると、彼はふっと微笑んだ。

「うん。君がそんなに必死に言うんだから、俺も信じることにするよ。それに何だかサーガス王国の状況について、少しだけだけど気になってきた。上の方には上手く言っておく。グイファスが動き出しそうだからとでも言っておこう。君が言ったことは、きっと伏せておいたほうがいいだろうしね」


 マルスの言う通り、上司にサーガス王国の蛇の話をしても信じてはくれないだろう。それだったら、貴族の家に宝石を盗みに行った他の理由が掴めるかもしれない、と言って動きを監視することを伝えたほうがいい。


「ただし、二人だけでは行かせられない。上司に頼んで俺もついて行けるように進言する。それでいいね?」

 異論はなかった。

「はい。よろしくお願いします」


 こうして次の日、メレンケリ、グイファス、マルスはまじない師のいる北の山へ赴くことになったのである。

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