彼ら、無限の星の中の一つにして

和泉茉樹

彼ら、無限の星の中の一つにして

 宇宙を翔ける数多の開拓者諸君!

 今日も楽しく、旅を続けよう!


 リー・リンシュウは目の前で展開される映像を眺めつつ、手探りで自作のドーナツを手に取り、口に運ぶ。

 宇宙開拓時代の初期の記録映像で、当時、地球から最も離れた地球型開発惑星から、さらに星間距離一・三三離れた、地球型開発に適した惑星を発見した場面。

 今はその惑星も人類の生存圏の中では平凡な星の一つである。

 リーは目を細めたのは、ドーナツにドライフルーツを入れるアレンジを考えていたのであって、映像に何かを感じたわけではない。天然ものがいい、などと考えは進んだ。

 視界の隅に赤い点が灯ったのはその時で、赤い光点はチカチカと瞬き始める。

 遥か昔のモールス信号に近いが、これでもっと複雑な通信が行われる。

 目元を追っていたゴーグルを外したリーは、少しだけ眩しさを感じた。

 だが、実際は前方の画面に何もない漆黒の宇宙が広がっている。

 宇宙歴二五三年。想像できないほど宇宙に進出した人類の総数は計り知れない。

 リーは、貨物船「レイダース」の操縦室の、コンソールの上に置いてあったドーナツが山盛りの皿を取ってシートから離れた。

「ヒルダ、本当に麻薬取締課か?」

 操通路を進むが、どこか窮屈なのはリーが太りすぎているためで、身長が百七十センチに届かない一方、体重は百キロ超えだ。しかし節制する気はない。

「識別信号ではそうよ」

 船内放送のスピーカーから滑らかな女性の声が、控えめに流れる。

「まさか狙っていたのか? 広く索敵したかい?」

「識別信号では一隻。周囲にはパッシブセンサーを走らせたけど、一隻しか把握できないの」

 やれやれ。リーはドーナツを飲み込む。通路から居住スペースに踏み込んだ。

「お客さんだよ、オスカー」

 リーの声を受けて、小さく頷いた男は、リーと並ぶと対照的である。背が高く、引き締まった体型をしている。ソファに座っているが、手元に鞘に収まった剣を置いている。

 彼はオスカー・デブリン。目元はサングラスに隠され、感情が読めない。

「麻薬課の連中だから、ドンパチはないはずだ」

「この船内でドンパチは困ります」

 すぐにスピーカーから女性、ヒルダの冷ややかな声。リーは肩をすくめて、居住スページの壁のパネルを操作した。室内が暗くなり、壁にその船の様子が映った。

「ヒットシップだな」

 ヒットシップとは、小型の宇宙船で銀河連邦刑事局の捜査官が使うことが多い。四人の捜査官が乗船できる本体に、小型の戦闘機一機がくっついている。

 これは小型の密輸船を摘発するために多用され、白兵戦と宇宙戦闘を最低限、行える装備だ。

 そのヒットシップが、リーたちの乗るレイダースに近づいてくる。

「通信です。臨検を行うとのこと」

 ヒルダの声に、リーは唸る。

「受け入れよう。接舷を許可してくれ」

「了解」

 首を振ってから、オスカーとリーは視線を交わす。

「もしもの時は頼りにしているよ」

 オスカーが無言で顎を引いた。

 しばらくすると、船に軽い衝撃が伝わる。おいでなすった。リーは何個目かわからないドーナツを口に押し込み、立ち上がったオスカーとともに、居住スペースから接舷ユニットへ向かう。

 すでに気密は確保され、ハッチを開く段階だ。

 リーはためらいなく操作盤を指でなぞり、ハッチを解放する。

 刑事局の制服の上にプロテクターをつけた四人の男がいる。一人が進み出て、手帳を見せた。

 こういう昔ながらの仕組みは、リーにはいつも不思議に思える。

「銀河連邦刑事局だ。船内を調べさせてもらう」

「どうぞ、ご自由に」

「まずは武装解除だ」

 捜査官たちはすでに光弾銃を抜いている。リーもオスカーも動じなかった。オスカーが剣を手渡し、捜査官たちはリーを睨む。

「俺は丸腰だ。調べるといい」

 捜査官の一人が、大昔のハンディカメラのようなものを向けてくる。この装備が重要で、ありとあらゆる分析機能を持つ。金属探知どころか、透視じみたこともできるのだ。

 リーが本当に武器を帯びていないと確認し、捜査官たちが目配せする。やっと、レイダースへ乗り移った。

「あとは任せたよ、オスカー」

 軽く相棒の肩を叩き、リーは捜査官たちから離れようとしたが、捜査官の一人が後についてくる。

 それを無視して、リーは通路を進んだ。


 オスカーは捜査官たちが船内を例の分析装置で徹底的に調べるのを、ただ眺めていた。

 無意識に、捜査官の技量を測る。訓練、経験が十分なようだが、捜査官であって、兵士ではない。

 自分なら即座に三人を無力化できる。丸腰でも。

 しかし、その必要はない。

「企業登録証を見せてくれ」

 捜査官の一人が、常に張り付いていた。銃口こそ向けていないが、いつでも動ける姿勢である

 オスカーが自分の手首に巻かれた情報端末を捜査官に向ける。

 小さな電子音が情報の開示を示し、捜査官は支給品の端末で何かを見ている。

「今回の取引相手を知りたい。事業契約と、支払額、その他の取り決めも」

 もう一度、オスカーは端末を向ける。電子音。捜査官はまた端末に目を落とした。

「隊長! 貨物室へ!」

 通路の向こうから捜査官の一人が顔を出し、大声を出した。捜査官たちが慌てた様子で小走りに通路を進む。オスカーは慌てず騒がず、後に続いた。

 貨物室に踏み込むと、すでに明かりがつけられ、その光の下に、三つのコンテナが置かれていた。

 何があった? 隊長と呼ばれた捜査官が、他の捜査官に訊ねている。

「このコンテナです」

 捜査官同士が、分析装置を見せ合い、すぐに張り詰めた空気が貨物室に満ちる。

「開けてもらえますか?」

 無言のまま、オスカーはコンテナの一つを、個人認証機能で開錠した。

 扉を開けると、中には透明な袋に入った粉が五袋ほど、積み重ねられている。

 なんでこんなことをしているのか、オスカーは心底、わからなかった。捜査官たちが勢いに任せてコンテナに入るのを見ても、少しも面白くはない。

 捜査官の一人が、いよいよ銃口をオスカーに向けるが、オスカーは両手を挙げもしない。

「動くなよ、麻薬の密輸は……」

「それは違う」

 声はオスカーではない。捜査官の一人を連れて顔を出したリーだった。

「その粉は、パンケーキミックスだよ」

 言いながら、リーはドーナツをかじっている。手元の皿にはさっきより増えたドーナツが山になっている。

 捜査官たちはもうなりふり構わず、分析装置で袋を次々と調べていく。

 答えは決まっている。オスカーは心の中で嘆きつつ、密かにリーの方を見た。彼はオスカーに視線すら向けず、ドーナツを咀嚼している。

 分析装置が本当に粉がパンケーキミックスだと結果を出しても、捜査官たちは諦めなかった。

 しかし、麻薬が見つかるわけがない。

 結局、捜査官たちは狭い貨物室を三十分も行ったり来たりして、何の成果もなかった。

 どこか落胆している様子で、四人の捜査官たちは自分たちのヒットシップへ戻り、隊長はハッチを閉じる前に、旅の幸運を祈る、などと言っていたけれど、リーはひらひらと手を振り、オスカーは無言だった。

 ハッチが閉じ、船体は少し震えて、麻薬課のヒットシップが離れたのがわかる。

「どうにも解せないな」

 通路を進みながら、リーがドーナツを片手にオスカーに話し始めた。

「俺たちは目的地に至るルートの途上で、近くには目立った都市惑星もない。広大な宇宙にいくら人間が多いとしても、麻薬課がたまたま俺たちに出会う可能性は、奇跡だよ」

 二人は貨物室に戻ると、コンテナの一つを組み込まれた駆動装置で移動させ、その下にあるハッチを開閉可能にした。

 リーとオスカーが手を触れることで、初めて開錠される仕組みだ。

 蓋を開くとその下は、本当に小さなスペースで、そこにはパンケーキミックスと見分けのつかない、袋に入った粉があった。

 これが今、世間を賑わせている麻薬の一つで、彼らが運んでいるのは三キロほどだが、信じられないほどの高額になる。

「こいつが見つかったら、破滅だったな」

 笑みを見せつつ、リーがハッチを閉じた。

 分析装置の精査も欺瞞する、特別なハッチなのだった。それでもそこにあるとバレるのも良くないので、コンテナで隠している。

「ヒルダ。空間歪曲航法の計算は終わったかい?」

 居住スペースのソファに腰を下ろしたリーは、休みなくドーナツを食べている。オスカーは横に腰を下ろし、じっと視線を宙に据えているのみ。

「事前の計画通り、というのも良くないわね、これは」

 自然と部屋が暗くなり、部屋の真ん中に立体映像が投影された。星海図、巨大な宇宙の地図だった。その中に一本の線でリーたちのここまでの航路が示され、次に点線で予定の航路が現れる。

「麻薬課が私たちに気づいたのは偶然とも思えない。情報の漏洩は、確実ね」

「ここまで、二回の空間歪曲航法を使ったけど、どうするかな」

 リーが考え込むような姿勢になる。しかし、皿は手放さない。

 空間歪曲航法は、人類の宇宙進出を決定的にした技術で、超長距離を短時間で移動できる。

 実際の距離を激しく無視するのだが、その代わり、精密な計算が必要になる。開発初期からは圧倒的ともいえる技術の進歩があったとはいえ、まだ無計画には使えない。

 この航法には二種類があり、一つは一直線の航路になる方法で、もう一つは航路を曲げていく方法だ。

 後者の方が複雑な計算が必要で、扱うのが難しい。

 リーたちはここまで、二回、直線の空間歪曲航法を使っていた。目的地には直行せず、一度、一直線に進んでから、通常の航法で方向転換し、また一直線に空間歪曲航法を使用した。

 この方法は一般的な手法で、多用するのだ。計算が楽だし、時間のロスもそれほどない。

 つまり、不自然な航路を辿った、という理由で不審に思われる可能性は低い。

 オスカーは黙っていたが、リーもすぐには声を出さなかった。多分、次に空間歪曲航法を使うときの手法を吟味しているんだろう。

 そうでなければ、ドーナツのレシピを考えているか。意外にそうかもしれない、とオスカーが考え始めた時、すっとリーが手を伸ばし、星海図に触れた。

「遠回りになるが、こういう航路はどうだろう」

 立体映像の中に入っているリーの指先に光が灯り、手が動かされると、その光が線になる。

「少し遠回りすぎませんか?」

 スピーカーからのヒルダの疑問に、リーは不敵に笑った。

「ドライフルーツを仕入れたい。天然のな」

「何かの符丁かしら?」

「そのまま、ドライフルーツだよ。ドーナツに入れる」

 スピーカーは黙り込んでしまった。オスカーは、自分の予感の的中にも無感動だ。


 リーたちの宇宙船は一度、空間歪曲航法を使い、大きな距離をショートカットした。

 冗談ではなく、リーは天然のドライフルーツを手に入れるつもりだった。

 しかしそれは結局、無理だった。

 通常航法に戻り、次の空間歪曲航法の起動地点へ向かう途中で、すぐ後ろに三隻の宇宙船が空間歪曲航法を終え、出現したのだ。

 逃げることを考えたのも一瞬で、リーの心はすぐに据わった。

 第一に、次の空間歪曲航法のための計算はとてもまだ終わらない。

 第二に、三隻は統一感のない、バラバラの船だった。麻薬課でもなければ、連邦軍でもない。

 止めていたドーナツの咀嚼を再開しつつ、リーはつぶやく。

「麻薬課の次は宙賊か」

「光弾砲に狙われているわね」ヒルダの声。「小口径が二門、中口径が一問」

「いきなりズドンはないさ。多分ね」

 リーが答えた時、鈍い音ともに船が揺れた。

「小口径砲が、こちらの主翼を掠めたわよ」

「礼儀知らずめ」

 すでにオスカーがソファから立ち上がり、通路へ向かっている。宙賊がただ船を落とすわけがない。乗り移ってくるのだ。

「オスカーさん、あまり船を壊さないでくださいね」

「敵に言え」

 振り向きもせずに言ったオスカーの背中は、リーの視界から消えた。


 さらに二度の衝撃の後、宙賊から通信があった。

 すでに宙賊の宇宙船の一隻が、リーたちの船のすぐ横に張り付き、もう一隻は前方を塞いでいる。残る一隻は少し離れたところで、いつでも攻撃できる姿勢だった。

 接舷した船からの移乗を通信は要求していた。受け入れなければ撃墜する、というのははっきりしているので、宙賊も言わない。

 オスカーは今、宙賊の船と結ばれたハッチの前で、剣を手に立っている。

 連邦軍の特殊部隊の訓練が、どうしても脳裏に浮かぶ。

 一つの可能性としての、敵が船に乗り移ってくるのを防ぐパターン。

 もちろん実戦と訓練は違う。違うが、オスカーは十分に訓練と実戦を繰り返している。

 ハッチの向こうの気密が確保された。

「開けますよ、オスカーさん。お気をつけて。私の仕事にはあと三分が必要ですから、そこのところを考慮してくださいね」

 ヒルダに答えずに、オスカーは剣を抜いた。

 ハッチが開く。オスカーが、滑るように走った。

 開ききる前のハッチの隙間から踊り込み、剣が縦横に走る。

 武装した男たちは、全員で十五人だった。

 素人か。動きが遅い。光弾銃を持っていても、まるで形だけだ。

 オスカーは容赦しない。

 狭い通路は人が三人も並べない。そこに十五人で押し寄せれば、身動きが取れないのは当然だった。

 男の一人が発砲。

 光弾が味方の体を掠め、オスカーに当たる寸前、彼は剣でそれをあさっての方向へ弾き飛ばした。

 オスカーの剣には鏡面処理が施され、よほどの大出力でない限り、光弾を弾き返すことができる。それでも回数を繰り返せば熱が蓄積し、破断してしまう。

 相手に反撃させる間を与えるほど、オスカーは情け深くない。

 結局、光弾は二発しか放たれず、二発目はオスカーを大きく逸れて、通路にコゲ跡を残しただけだった

 通路には生臭い血の匂いが漂い、十五人が一人残らず倒れていた。

 手ごたえのなさにどこか、物足りない気持ちになりながら、オスカーは背を向けた。

 その瞬間、倒れていたはずの男が跳ね起き、雄叫びと同時に光弾銃を発砲した。

 男は何が起こったかわからないまま、自分の撃った弾を打ち返され、頭に穴を開けられた。

 オスカーはゆっくりと剣を鞘に戻し、ハッチを閉じた。

 直後、船が激しく動き始めた。


「ヒルダ。強引に船を振れるか? 前方の船に、横の奴をぶつける感じで」

「そんな出力はありませんし、お互いの接舷用のハッチがくっついているんですから、下手をすればごっそり、船殻を持っていかれますわ」

 リーは通路を歩いていた。激しく船が揺れているが、彼は不思議と少しも姿勢を乱さず、手に持っている皿の上のドーナツも落とさなかった。

「なら、ミサイルで吹っ飛ばすしかない。そちらで適当に管制してくれ」

「そんなことをせずとも、私がすぐに相手の制御系を掌握しますから」

「早めに頼むよ。どうものんびりはできないな」

 ヒルダは少しの沈黙の後、「締めくくりはお任せします」とだけ言った。

 貨物船とドッキングしている戦闘機に通じるハッチを、リーは開放する。狭いハッチを抜けると、重力が消える。

 長距離の宇宙航海の時代の最初期、シュタイナ溶液、と呼ばれる液体が開発されていた。

 この液体は光を受けると力場を発生させる。これが個体、液体、気体の燃料を使った宇宙航行をほとんど全否定することになったのだ。

 シュタイナ溶液の力場の発生と力場そのもののコントロールの技術革新の結果、全ての宇宙船の中は擬似重力が利用可能にもなった。

 今、リーは貨物船の中の擬似重力の場から離れたわけだ。

 ハッチを閉め、奥へ進み、狭い空間に体を滑り込ませた。

「いよいよ狭いな」

 呟きながら、両手でスティックを握る。びっしりと周囲に並ぶスイッチをいくつか弾くと、周囲でモニターが点灯していき、計器も起動。一見するといくつあるかわからないボタンやつまみもそれぞれに明かりがつく。

 どうにか腰を落ち着けたシートが震え、ハッチが閉じ、装甲も閉鎖されたとわかる。

 まずやることは、周囲の確認だった。

「ユカリーン、宙賊の船は?」

「ヒルダ様が接舷していた一隻は掌握し、すでに撃墜。二隻目もすでに撃墜され、残りは一隻です。進路は確保されています」

 ヒルダの声とはまるで違う明らさまな機械音声は、戦闘機搭載の人工知能だ。もっと流暢に話しをさせることもできるが、リーはわざとぎこちない発音のままに設定していた。

 連邦軍の宇宙戦闘機に乗っていた時のことを思い出すから、変えたかったが、どうにも変えてしまうと落ち着かない。

 モニターの一つにレイダースの外部カメラの映像を次々と映す。そのうちに、宙賊の生き残りの一隻が映った。

 何かが突っ込んだ、と思った時には、その船が爆発した。

 ヒルダが発射したミサイルに間違いない。正確な一撃だった。

「出番はあるのかしら? リー」

 ヒルダからの通信が入る。

「今の爆発光を待ち構えている連中がいるだろうね。空間歪曲航法の計算は?」

「おおよそ終わっているけれど、残念ながら、ドライフルーツの買い付けは延期になるけど?」

「次の仕事はドライフルーツの運送にしよう。それがいい」

 もうリーは次の行動に移っていた。両手が激しく周囲のボタンを押し、つまみをひねり、時折、スティックを動かす。ドーナツが無重力の中を漂っていて、時折、手にとって口に運ぶ。

「連邦軍の警備隊が来るぞ。時間は、そうだな、五分だ」

「トンズラする?」

「読まれているだろうな。つまり、航路の計算はやり直しだ。五分でできるかい?」

「できなかったら、確保されて重罪が確定だから、死ぬ気でやるわ」

「良いね。こっちにも手を貸してくれ。増槽を二つと、装備は第一種だ」

「もっと平和な旅がしたいわね」

 ヒルダの通信はその言葉で切れた。

 五分があっという間に過ぎた、と思ったけれど、しかし実際には三分しか経っていない。

 リーの乗っている戦闘機のコクピットに警報が響く。

「二隻のツインシップです」

 ユカリーンの声。ツインシップは、連邦宇宙軍における、麻薬課のヒットシップに近い。

 ツインシップは二機の戦闘機を運用するために作られていて、白兵戦はしない。

 しかし搭載している二機の戦闘機は強力だ。今、それが二隻、来ている。

 すぐに通信が入る。相手は連邦軍第十方面軍第八〇八艦隊所属と名乗った。

 ヒルダは何も応じないし、リーも応じなかった。

 すでにこちらの船影は撮影されていて、どこへ逃げても追跡される。全宇宙に手配されるだろう。しかしこのまま何もしなければ拿捕されるのは絶対だ。

「計算が終わるまで何分かな?」

 落ち着いているリー同様、ヒルダの返事も穏やかだ。

「三分ね」

「余裕だな。切り離してくれ」

「気をつけて」

 グッとリーがスティックを倒した。

 微かな振動のあと、機体が揺れた。周囲のモニターが一瞬の瞬きの後、真っ暗な世界を映し出す。

 その中に、真っ白い母艦から離れる戦闘機が映った。全部で四機が、すぐに機関を全開にし、向かってくる。

「ユカリーン、出力全開。全武装の安全装置を解除」

 計器の中の出力表示が赤から黄色、青へと変化。モニターの一つに武装の状態を示す表示が、全部、赤から緑へ。

「行くぞ」

 貨物船から離れ、リーは愛機を宇宙へ解き放った。


 貨物船の操縦室で、オスカーは画面に見入っていた。

 一機の戦闘機に四機が群がる。その間にも貨物船は全速力で戦場から離れていた。貨物船が追われないのは、逃げても意味がないからだ。

 四機がリーの一機を狙う理由は、防御の意味しかない。

 リーがしているのは時間稼ぎだった。

 オスカーは動かずに画面を見ていた。

 船は今もヒルダが動かしているし、操船に関しては、オスカーには最低限の知識しかない。

 黒一色の中に、赤い光が瞬く。


 まずは一機。

 リーは機体をデタラメに振り回しつつ、機雷を放出する。

 戦闘機もシュタイナ溶液を利用した機関を使っているが、それ以外にも液体燃料の姿勢制御装置も併用する。

 その液体燃料の入った増槽は、まだ二つ、抱き込んでいる。

 シュタイナ溶液の恩恵で、常識はずれの軌道を描いてもGは微かだ。

 三機の戦闘機がいよいよ本気になったようだった。仲間の仇でもあるし、とリーは思いつつ、視線をモニターに走らせる。

 光線銃の真っ白い線が機体を掠める。危なかった。

 相手の充填時間を逆手に取りたいが、三対一なので、三機が順繰りに発砲し、充填の隙をうまく消している。

 良いぞ、悪くない腕だ。

 ミサイル警報。二発が接近中。

 チャフを撒き散らし、一発は逸れていって爆発。

 もう一発は引き剥がそうにも、しつこい。命中寸前に、こちらの光線銃で撃墜。爆発の衝撃で機体が流される。

 瞬間、敵機のうちの一機が、こちらを照準したと直感する。

 振り払うように、機体を滑らせる。

 光線銃の閃き。

 反射的に増槽の一つを切り離す。ほとんど同時に至近で爆発。切り離しの反動で回避したが、その増槽にたまたま光線が命中していた。

 シュタイナ溶液の生み出す力場を利用した斥力場障壁がなければ、翼を一つ、もがれていたのは確実だ。それでも片方の翼が機能不全を訴える。

 推進器はどうにか、無事か。

 明らかにリーの戦闘機は挙動を乱していた。戦闘機の一機が、光線銃を向ける。

 とどめの一撃、というのがその光景の題名にぴったりだが、リーはそうは思っていなかった。

 必殺の発砲する瞬間の戦闘機の胴体の近くで、爆発が起きる。

 先に撒いておいた機雷だった。小型なので一撃で撃墜する力はない。

 ただ、そこにリーがとどめをさす時間があった。光線銃の一発が、戦闘機の翼を直撃、姿勢制御用の液体燃料が誘爆し、戦闘機は分解する。

「リー、計算は終わったわよ」

 ヒルダからの報告に、リーは冷や汗でべっとりと濡れている額を拭いつつ、できるだけ、明るく答えた。

「もう一機は落としたいな」

「欲張りね」

「安全のためさ。すぐ追いつく」

 会話を続ける余裕もなく、リーは再び戦闘に飲み込まれた。

 究極の集中、命懸けの危険な踊り。

 これが何度目かわからないが、しかし、慣れることはない。

 照準に捉えた戦闘機に、リーは引き金を少しの躊躇いもなく、引いた。


 リーは三機目を撃墜し、残りの一機は撤退した。

 戦いを終えてボロボロの戦闘機が貨物船と結合し、貨物船は空間歪曲航法を実行した。

 オスカーは操縦席で、星海図を眺めている。そこへリーが戻ってきた。

「宇宙戦闘ダイエット、絶対に流行ると思うな」

 首にタオルがあるだけで、リーが普段と変わったところはない。

「いつもこれだな」

 珍しくオスカーが口を開き、操縦席に座ったリーを見やる。

「仕方ないさ、密輸業者だしな」

 操縦席の前の計器に、空間歪曲航法の残り時間が表示されている。

 二人は黙って、それを見た。


 モリス星系と呼ばれる一群の惑星の中にその星はある。

 地球型開発惑星ではないどころか、すでにめぼしい鉱物資源が全て搾取された、カスのような惑星だ。

 ただし、目印にはなる。

 リーたちの貨物船は、その惑星の軌道上で、大型の輸送船に接舷していた。

「六合会との取引は二度したくないな」

 通路で、リーは手に持っていた麻薬の袋を、相手の男に投げた。

 背広の男、ウー・フーはよろめきもせずにそれ受け取ると、カードを一枚、リーに投げた。

 カードは高額のマネーカードだ。

「しかし、お前たちに居場所もあるまいよ」

 ウーがひらひらと手を振ると、自分の船へ歩き出す。

「麻薬課、宙賊、連邦軍。いやはや、熱烈な歓迎に恐れ入った」

 リーがそう言っても、ウーは振り向きもしない。

 ハッチが閉じられ、船と船の結合も解かれた。

 貨物船は輸送船から離れる。居住スペースでリーは片手でカードをいじりつつ、ソファに身を預けていた。オスカーもいるが、姿勢良く、しかし微動だにしない。

「これからどうするつもり? また身分を作り直す?」

 ヒルダの声に、リーは頷く。

「そうしないと、連邦軍の皆さんの出待ちを受ける」

「今に、自分たちの企業の名前も、船の名前も、わからなくなっちゃうわ」

「そう言うなよ。今回は、ちょっとだけ、仕返しをしておいた」

 ちらりとオスカーがリーを見た。

「近いうちに、六合会の輸送船は、麻薬課に捕捉される。そういう細工さ」

 しばらく沈黙が降りてきて、それをヒルダが破った。

「そんなことしたら、六合会にも追われるじゃないの」

「仕方ないだろ、他にやりようもなかったし」

 しばらくリーとヒルダが言い争いをしていたが、最後はオスカーの一言で、終幕となった。

「結局、ずらかるんだ、いつも通りさ」

 ヒルダのため息がスピーカーから流れ、リーは小さく頷いた。

「これが、密輸屋稼業の、いつも通りだな」





(了)

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