16 家路


               *


 新婚カップルを祝福するフラワーシャワーのように、うす桃色の花びらが舞う。小さな無数の旋風が、草原を子供らのように駆け廻る。〈花嵐〉だ。

 蜜樹ハニーツリーの枝々は、渦巻く風に合わせて花びらを手放す。わあっ、と歓声があがる。笑い声が交叉する。感情に起伏のない惑星子ほしのこたちが、この期間だけは高揚感に充たされる。まるで、太古の祭りの記憶が呼び覚まされたかのように。

 小高い開拓基地から、〈花祭り〉の始まりが見下ろせた。

 落花時のひときわ強い芳香が大気を染めている。

 ドロシーは朝から部屋を出て来ない。見送りはマイケル一人になった。

 は輪踊りで送ります――マキルは昨夜の夢でそう伝えてきた。

 発着場の中央――この地を初めて踏みしめた場所で、惑星間貨物船アクエリアスの巨躯がデレクを待っていた。

 きのう二か月ぶりに全起動した宇宙船アクエリアスは、AIが自己点検を終えてスタンバイしている。

 マイケルは現地の寛衣姿だが、デレクは軍の制服に身を包んでいた。それだけで気持が引き締まる。長いバケーションは終わりだ。

 二人の男はタラップを昇った。デッキを抜けて人工冬眠コールドスリープエリアへ進む。

 睡眠槽ベッドの一つにボブ・ボイヤー機関士の遺体が横たわっていた。既に冷凍処置がなされている。強化ガラス窓から見えるボブの顔面は、弾丸による損傷を免れていた。

 マイケルは持参したバッグからトランク型の化粧箱と数冊の本を取り出した。睡眠槽をテーブル代わりにして、それらを並べる。

「ドロシーから預かった。本はボブに、酒は三人でと」

 ミニトランク型のパッケージを開くと、青いラベルのボトルが入っていた。

 デレクは口笛を鳴らした。「JWのスペシャルバージョンか」

「ボブが見つけて仕舞っておいたそうだ。四年後に、皆で飲むつもりだったらしい」

 マイケルは三つのグラスにスコッチを注ぎ、一つをボブのガラス窓に置いた。

 二人はグラスを合わせ、ボブのグラスにも合わせた。

「ボブのやつ、笑ってる」

 マイケルに言われて顔を向けると、たしかに口元がほころんでいるように見える。

地球こきょうへ帰るのが嬉しいんだ」デレクは頬をゆるめた。「読書好きだったなんてな。長旅は退屈だろうから、読書もいいさ」積まれた本を指で撫でた。

 歌声がする。開け放したハッチを通して聞こえてくる。踊りが、輪踊りが始まるのだ。これまでで最大規模だという。

「本当に実現するなんてな……」デレクは感慨深く言う。

「この惑星ほしを人の輪で取り巻いている。惑星ほしを一周する輪踊りだ。人口が目標に達したそうだが、信じられないことをする……」

 高揚した歌声を背にして、二人は酒を飲んだ。地球こきょうで熟成した液体が、薫りの尾を曳いて喉を下る。夏の日向の薫り、冬の暖炉の薫りだ。

 琥珀色に揺れる液体を透かして見れば、この地を地球こきょうの風景にすり替えることができるだろうか? 

「ドロシーと結婚するんだ。きみにフラれたから、おれでいいそうだ」

 デレクは微笑む。「彼女らしい……おめでとうを言わせてもらうよ」

 マイケルが差し出した手を、デレクは強く握った。

 野蛮人代表として平和の祭典に参加すると言い、マイケルは下船した。祭りに向かって歩いてゆく。途中でふり返り、姿勢を正して敬礼した。デレクも踵を閉じて敬礼を返した。

 風に乗って一枚の花びらがやって来た。蜜樹ハニーツリーの花びらは、まるでデレクめがけて飛んで来たように、彼の胸にとまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る