ニルヴァーナはボブにを見せようとしている。彼がそれを望むから。飾りたてた夢を嫌うから。でも、裏に何かある。暴いてはいけない何か。それに、覚醒時に深く繋がるなんて地球人オリジナルには無理。危険!

 ――やめて。やめて!

 ボブには母親を避ける理由があるはず。母親はジョーカーだ。使い方しだいで花束にも凶器にもなる。そのカードをめくってはいけない!

 ドロシーの懇願は届かない。仲介する〈長老〉がいない。リミッターの外れた蜜樹ハニーツリーたちがボルテージを上げる。

 ボブの意識に投影されるイメージは、親和性の高いドロシーにも流入する。モニターのように見える、聞こえる。制御の外れた圧縮ファイルが情報を展開する。ボブの子供時代のを、ドロシーは瞬時に知ってしまう。

 彼女は両手で頭を押さえた。過負荷で脳が膨れあがり、脳蓋を内から圧するようだ。

 ──たおやかな女性の姿。やさしい声。ボブのママ。とてもをする女性には見えない。

 ――違う! 真実なんかいらない! ヒトは自分の信じたいものしか信じない。ヒトが信じる真実なんて、所詮その程度のもの──だから、やめて!

 だが、もう遅い。彼のママは語り始めていた──


 ボビー、夜中にわたしが泣いていたことがあったでしょう。あれはね、が辛かったからじゃないの。家へ一番よく来てくれた男の人――おまえもを知っているよね――あのひとと別れたからなの。奥さんにバレちゃってね……

 それと、わたしが辛いをしてたなんて思わないでね。わたしは好きなのよ、アレが。けっこう楽しんでたの。


 ドロシーは聞いていられなくて耳を塞いだ。だが、情報は脳へダイレクトに入力される。

 ママの唇の色が、いきなり変わる。真っ赤に。真っ赤な口紅を塗ったように。

 ドロシーは身震いする。

 ――やめて、ニルヴァーナ、ボブが壊れる!

 

 昼はオフィスで仕事してたなんて、嘘。夜の仕事もレストランじゃないの。全部午後のと同じ。お馴染みさんが多くてね。ふふ。若い頃はもっとモテたんだから──おまえの父親もはっきりしないくらい。男の人はみんなチヤホヤしてくれた。ちっとも辛くなんてなかった。だから、無理に、思い込まなくてもいいのよ。そんなことしたら苦しいでしょう。おまえは本当にいい子ね。大好きよ、ボビー……


 ボブは大声をあげ、激しく頭を振った。すべてを打ち消そうとするように。それが済むと、魂が抜けたように肩を落とし、奇妙な笑い声を洩らした。

 再び上げた目は虚ろだった。

 ボブは、感情の失せた声で樹々に語りかけた。

「意志は尊重されるんだったよなあ。おれは、おまえたちの仲間にはならねえ。消滅を選ぶぜ。にちゃんと伝えろよ、蜜樹ハニーツリーども」自動小銃を捨て、ホルスターから拳銃を抜く。銃口を自らのこめかみに当てる。「ほら見ろ。人間さまは、自分にだって暴力をふるうことができるんだ」それから顔を三人の地球人オリジナルに向ける。「お人好しどもめ、まだわからないか。ここはアヘンくつだ……」

「よせ!」デレクがとび出した。

「おれの頭から出て行け!」

 銃声が轟いた。

 脳漿が飛び散る。反動でボブの躰はカートから飛び出し、草の上に投げ出された。

 最後まで惑星ほしとの友好を拒否した男は、その惑星ほしで命を終えた。

 ボブとドロシーの中でだけ展開した寸劇は、デレクとマイケルには感じることもできなかった。二人の男は何が起きたのかわからず、ただ茫然としていた。

 ドロシーは泣きながら悪態をついた。「ニルヴァーナ、ばか! うすのろ! とんだ能無しだ。宇宙の謎が解けたところで、ヒトの悲しみ一つ解けやしない」

 過負荷から解放にされた脳に、激しい痛みがやって来る。彼女はその場に崩れ落ち、うずくまって嘔吐した。

 混乱していた。ニルヴァーナの意図がわからない。ボブを救おうとしたのか、排除しようとしたのか、それともただの誤作動なのか。

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