暗示された凶事……その予感はたしかに的を得ていた。まもなく、凶事は坂の上から現れた。

 エンジン音を響かせて別なカートが近づいてくる。カートにはボブが乗っている。

 その姿を見て、ドロシーは絶望的な気持になった。

 重装備のボブを乗せたカートは、十メートルほどの距離を隔てて停止した。自動小銃アサルトライフルを抱えている。ベルトのホルスターには拳銃が収まり、着用したタクティカルベストは詰め込んだ弾倉で膨れあがっている。これから戦争でも始めようという恰好だ。

「殺しはしない。だから、言うことを聞くんだ」ボブは怒鳴った。

 周りには、マキルと一命を取り留めた惑星子ほしのこたちがいる。暴力の気配が満ちる。見るだけで危険なのだ。

 デレクが彼らに向いて叫んだ。「目をつぶって耳を塞げ! 地面に伏せろ!」

「銃を下ろしてくれ、ボブ。それから話そう」マイケルが穏やかに語りかけた。

「話すことなんかない。おれの要求は一つだけだ。ドロシーと二人でここを出て行く」憑かれた目をしている。「こっちへ来い、ドロシー。一緒に行こう」

「何処へ行くのよ」

「ステーションだ。海王星軌道のサブステーション。信号を出しているだろう。まだ稼動してる」

 それは皆が知っていることだ。何らかの理由で攻撃を免れていた。

「鉄の棺桶に戻るわけ。そこで何をするの?」

「二人で楽しく暮らすんだ。寿命も元どおり伸びるだろう。ここじゃ四年で死んじまう」

「往復で十九年が経過することになる。食糧も生活物資も残ってないと思うけど。乗員クルーのミイラが迎えてくれるわ。とてもいいアイデアね。そこであんたと、アダムとイブでもやるの?」

「食べ物はここで目一杯積んでいくさ」

「そしたら一年くらい暮らせるかしらね…… ボブ、お願い、冷静になって。ここには高い空と暖かいおさまがある。土と風がある。想像してみて。狭い鉄の部屋なんか監獄よ」

 ボブは顔を歪める。目に絶望が兆す。武器を手に入れて思いついただけの暴挙なのだ。

「監獄だろうが、よりマシだ」銃口をドロシーに向けた。「早く来い!」

「撃ったら」冷たく言い放った。「死ぬのは無になることじゃない。この惑星ほしするのよ。怖いことじゃない」ドロシーは穏やかな表情のままだ。

「たった2%に報酬をもらって、残りの98はこき使われるんだぞ」

 皮肉っぽく唇を歪める。「人生だって、そんなもんでしょう」

「56億年ずっとだぞ……その後は、花火の材料にされる」ボブの声は怯えたように震える。

「わたしたちの思念いのりが、宇宙を創るの」

 デレクとマイケルは動けずにいる。動けば、繊細な均衡が壊れる。

 ボブが銃をデレクに向けた。

 先に始末する気なの? 

 誰も何もできない。高速連射から逃れるすべはない。

 ざわ。蜜樹ハニーツリーの枝々が一斉に鳴った。

 ボブが、何かを探すように、視線を宙に彷徨さまよわせた。両の目が焦点を失い、力の抜けた腕の中で銃口が下を向く。

 動き出そうとするデレクをドロシーは制した。

「攻撃しているのか?」マイケルは、ざわつく蜜樹ハニーツリーを見廻した。

「違う。なだめているの。今ボブに見えているのは、たぶん友人とか親……」急に彼女の表情がひきつる。

 ――やめて! それは逆効果!

 心の中で叫んだ。

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