懐かしい通学路が伸びる。メタセコイアの並木道。そこに佇んでいるのは、小学校エレメンタリーの同級生じゃないか。

 トミー……

 子供の姿をしたボブは、クラスメイトの前に立っていた。

 が家に来る日、いつも苛めた奴だ。学校の階段で突きとばして大怪我をさせた。その夜、ボブは恐怖に駆られて祈った。──ふざけただけなんだ。もう二度と苛めない。だからトミーを歩けるようにして!

 目の前にいるトミーは恥ずかしそうに笑っている。ソバカス顔に春の陽を受けて。

 左脚を見た。膝と足首の関節が破壊されたはずだ。

 トミーはこちらへ近づく。なめらかに、脚を曳くこともなく。

 ──治ったんだよ。走ることだって、できるさ。

 嘘だ……こいつは脚を曳いて歩く。怖くておれのせいだと言えず、いつもくらい目でおれを見ていたくせに……いや、本当かもしれない。本当に治ったのかも。西部の専門病院で治療を受けると言って、秋に転校したじゃないか。どうしたんだ。頭の中がグチャグチャだ。何が嘘で、何が本当なんだ?

 ──お祈りしてくれたんだよね。ありがとう。おかげで、こんなに良くなった──

 突然、自分がニルヴァーナに居ることに気づく。背筋を戦慄がはしる。

 急に視点は高くなり、手の甲に黒い毛が生える。頭も薄くなったはずだ。子供だったボブは中年男に戻っている。

 ──耳当たりのいいことを言うな。祈ったのは、おまえのためじゃない。面倒が起きるとオフクロが困るからだ。それだけだ。

 ──そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。

 トミーは花のように微笑む。

 ──キミはホントはやさしい人だ。ほら、一緒に猫を助けたの、覚えてる?

 ──このやろう。殴ってやる!

 足を踏み出しても間隔が縮まらない。一歩進めば、相手は一歩分遠のく。滑るように。

 ここは暴力禁忌の世界。殴るなんてできない。

 ──おまえは、本当にやさしい子。

 背後から聞こえた声に驚愕する。オフクロ……

 だが、振り向かない。それだけは避けてきた。こんなニセモノの世界で、嘘っぱちのオフクロに逢うなんてまっぴらだ。

 夢の中なのに、冷汗がリアルに脇腹を伝う。

 気がつくと人々に取り囲まれていた。ぐるりと。昔、街で見かけた住民たち。ブラウン教師せんせい。理髪店のオヤジ。小児科の女医……

 胸を圧迫されたように呼吸が苦しくなる。みんな人の好い顔で笑っているからだ。

 感情が暴発した。

 ──おまえたちは、いったい何だ! 着ぐるみを脱いでみろ!

 ボブは大声で叫んだ。

 ふいに、不穏な予兆が低周波音のように辺りを漂う。夢が悪夢へ転じようとしている。

 群衆は、調子の狂ったビデオ再生のように、同じ個所を繰り返している。それ以外何もできなくて、同じ笑いを繰り返している。

 壊れやがった。おれを思いどおりコントロールできなくて。ご機嫌とりは終わりかよ。

 を見てやる!

 石を拾う。振りかぶる。

 正面で首振り人形のように笑うトミー。そいつに向けて投げつけた。

 石はトミーの躰を突き抜け、虚空に消え失せた。その瞬間、人々からが剝がれた。残ったものは、顔のない半透明のマネキン。裸ののっぺらぼうたちが彼を取り巻いていた。

 出たな、ヘボ役者ども。ボブは激しく震えた。恐怖、いや、怒りだ!

 ところが、怒りを向けたのっぺらぼうの群衆は、間もなく一斉にかき消えた。

 ゴクリ。唾を呑む。最悪の予感に。悪夢は、必ず、最悪の予感どおり展開するものだ──

 誰もいなくなった通学路。その風景の一部が、ぺろりとめくれる。シールのように。ボブの最悪の予感は当たるだろう。次の展開は、めくれた先の舞台裏から顔が現れるのだ。その顔は――


 跳ね上がるように躰を起こした。

 ダイニングテーブルで目覚めた。気持ち悪い汗が額に浮き、拳を握りしめていた。胸は早鐘を打っている。ボブはあえぐように空気を吸い込んだ。

 窓から朝の光が射していた。

 おれの黄金色こがねいろの思い出を汚しやがって。

 怒りに奥歯を噛みしめる。

 ぶっ殺してやる。

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