ボブは一番上の本を手にした。〈十月はたそがれの国〉。
「こいつはデジタルで読んだ」本を開く。「黄ばんだページがいいな。古い紙の匂いがいい。紙で読み返したら、また違った雰囲気の
ドロシーは意外な顔をした。「ボブって、小説なんか読むんだ。びっくり」
「おれは読書家なんだ」次に手にしたのは〈世界名詩集〉。「この詩が、花祭りの歌の歌詞になった」
〈輪踊り〉と題された詩は、確かに彼らが踊るときに歌う歌詞だ。
それより彼女は一番下になった本が気になった。〈オズの魔法使い〉――金色の背文字が光っている。母親が大好きだった物語だ。大好きが高じて、娘に主人公の名を付けた。名前のせいでもなかろうが、娘が今いる世界はオズの国どころではない。
いくつになっても子供じみていた母親を思い出しかけて、頭を振って追い払った。
「ノスタルジックね。毎晩こんなものを眺めて飲んでるわけだ」
「そんなことより――」ボブは声をひそめる。誰かに聞かれるのを怖れるように。「嘘っぽいと思わないか? 夢の中の世界だ。ニルヴァーナとかいう。あれは本当の世界だと思うか?」
ドロシーの意識が急にこわばる。「その話、止めましょうよ」
「大事な話だ」
「しても、しょうがないわ。……ニルヴァーナの中の世界が、ただの妄想だって言うんでしょう」
ボブはゴクリと喉を鳴らし、目を見開いて頷く。
「そう思うのは、あんただけじゃないよ。みんな、そうかもしれないと思ってる。でも、誰もそのことに触れないのは、ここ以外に行く処がないから。第一、現実か妄想かなんて、確かめようがないでしょ」グラスの残りを飲み干した。「これが、現実か妄想か区別つく? こうやって、宇宙の果てにある惑星のダイニングテーブルで、差し向かいで酒を飲んでることが。これは現実? 妄想でないと言える? わたしたちは、アクエリアス号で陸地を探して漂流して、食料が尽きて、とっくに死んでいるのかもしれない。幽霊になって
ボブは、本当に幽霊を見るような目でドロシーを見つめた。
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