「それまでに、何を、する時間がないと?」
「次の宇宙を産むための準備です。宇宙は膨張の果てに、収縮を開始します。ビッグバンからビッグクランチ。宇宙は巻き戻しにより〈点〉に収縮する。そして〈無〉に帰すでしょう。でも、〈無〉の状態にはゴーストのように〈有〉が重なります」
ドロシーは首を傾げる。「状態の重なり合い……〈無〉であるけれども、かつ〈有〉でもありえる状態。量子力学の講義でも始まるのかしら?」
「〈無〉の中に、新たな宇宙の〈
「宗教学? それとも哲学の講義に変わった?」ドロシーは挑発する。が、マキルの態度に変化はない。
「沸騰するお湯のように、〈無〉の中で〈有〉の〈泡〉が湧いています。〈時空〉の素になる〈泡〉です。運良く育てば宇宙になれる。そんな〈泡〉が無数に湧き出て、瞬時に消えてゆく。たった一つの〈泡〉さえ安定して存在を続ける偶然は、奇跡に近いほど低い確率です」
「それは、確か……」デレクは記憶を探る。「ビレンキンの宇宙モデルだ」
古典宇宙物理学で受けた講義を思い出す。二十世紀の学説だ。
「時空の〈泡〉を安定化するために、核となる〈
マキルは、ふう、と息を継いだ。その後をポーレが続ける。
「〈受胎〉を成功させるために、ニルヴァーナは演算しています。集う〈思念〉を総動員して。〈種子〉を創り〈無〉のサイズまで凝縮して、〈泡〉に挿入するための方程式と、その解を求めて」
メデューサと目を合わせてしまったように、二人の
「思念がビッグバンの素になるなんて……それに、高等動物に思念が形成されることは、予定されていたことなのか?」
「進化は何を目的にしているのです?」
問いに問いを返され、デレクはとまどった。ここへ来る道々、ドロシーが発した問いかけと同じだったからだ。
問いに、マキルは自ら答えた。「進化は脳に自我を生んだ。そこに思念が形成される。高等動物の明晰な思念こそ、進化の果実です。果実は収穫される。ニルヴァーナへ」
話のサイズが巨大化して、とてもついていけない。
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