――思考形態の変化──暴力忌避と平和主義──について。

 惑星子ほしのこは暴力を忌避し、暴力の曝露に対してショック症状を呈する。これを〈暴力過敏反応バイオレンスショック〉と呼び、症状は、失神、痙攣、呼吸困難、血圧低下等。死亡することも稀ではない。〈暴力過敏反応バイオレンスショック〉は暴力の行使により惹起される。間接的に視覚等で暴力を認知したケースでも、同様の症状を呈する。発症は、暴力に曝された個体の忌避反応による。同時に、発症個体が防壁となり、集合的有意識ニルヴァーナを介する暴力イメージの他個体への拡散を遮断するためでもある。

 暴力忌避の延長として、惑星子ほしのこは、スポーツ、ゲーム等、勝ち負けを目的とするものに関心をもたない。農業以外の時間は、瞑想や芸術活動に費やされる。

 〈花嵐〉と呼ぶ季節風に合わせた六か月に一度の〈花祭り〉は、唯一彼らに高揚感をもたらすイベントとなる。次回の〈花祭り〉はおよそ40日後──


「何が楽しくて生きているのやら」ボブは嘲るように言った。「暴力過敏反応バイオレンスショックときた……どっかのご令嬢が、暴力シーンを見て失神するみたいなやつだな」

「暴力が全否定された世界……」デレクは信じられないという口調だ。「それに比べたら、おれたちが居た世界は、まるで争いごとの口実を探しているようだった」

惑星子ほしのこ地球人オリジナルと真逆の方向へ行くのね。まるで〈進化〉がおのれの間違いに気づいて、あっさり方向転換したみたいに」

 暴力忌避と繁殖形態の変化により人口は増加し続ける――AIは判断する。

「そんなにウジャウジャ増えて、どうすんだ?」

「繁殖は生命の第一目標なの。あの人たちの緑色の皮膚は光合成能を獲得しかけてる。将来的には、光さえあれば飢えることがなくなる。食糧をめぐるという最も基本的な争いの種が無効になる。興味深いわ。彼らがどんな最終形態を目指すのか」

「キャベツでも目指すんだろうぜ」ボブはうんざり顔で立ち上がった。「おれには、前から思っていることがあって――」言わずにおれない思いを整理するように首を傾げる。「なあ、自分がどうやって生まれたか思い出してくれ。二億の精子の〈戦い〉があって、その勝ち負けの結果だ。勝ち残った一匹だけが生命いのちを授かった。〈戦い〉と〈競争〉は別だ、なんて言わないでくれよ。敗者は生き残れない。だから同じだ。口でいくらキレイごとを言ったところで、他の二億マイナス1の奴らを出し抜いて生命いのちを得たという事実は消えねえ。おれたちは、生命いのちつかめなかった二億マイナス1の屍の上に立っている」三人の顔をぐるりと見廻す。「つまり、〈戦い〉という原理の上におれたちは存在してるってことだ。遺伝子に〈戦い〉が刻印されている。生まれる前から戦いを強いられ、生まれた後は闘技場コロシアムに投げ込まれる。そこで、死ぬまで、大小さまざまな戦いをくぐり抜けていくんだ。だから、〈戦い〉を否定するなら、おれたちは存在しないことになる」一息にまくしたて、荒い息を吐いた。「ほかより優れていたいという本能は、淘汰の恐怖がもたらす。おれたちは、遺伝子に煽られて、戦わずにいられない……そんなふうに、おれは思うぜ」自分の言ったことに絶望したようにうつむく。「気分が悪くなった。外へ出てくる」

 ドアが開いて、閉まった。

 嵐のような言葉が通り過ぎた部屋で、マイケルがポツリと呟いた。「ご高説だな」

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