05 解析
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開拓基地のコンピュータは九年前、最終戦争が人類を滅ぼした直後に停止されていた。データの送受信先がなくなったから当然のことだ。それまでに蓄積された〈アルファnine開拓史〉の膨大なデータは、残らずアクエリアスの
資料の内容は衝撃的だった。開拓基地指令室でミーティングが持たれたが、重苦しい空気が部屋を充たしていた。
「あいつら、もう別な生き物だ。人間じゃなくなっちまってる」ボブがボソリと呟く。
ディスプレイ表示に合わせ、AIによるアルファnine開拓史の解説が始まった──
──
①感応受胎 ②雌雄同体 ③卵生
夫妻が額を合わせて望むだけで〈感応受胎〉する。〈雌雄同体〉のため出産ごとに雌雄は入れ替わり、夫と妻は交互に出産する。〈卵生〉であり、一回に平均四卵を産む。第四世代までに①~③の変化は全新生児に及んでいる。以上の繁殖形態の変化により、
精神的に最大の変化は共有意識の獲得。
開拓民は、早い時期から、それを夢として体験する。夢は徐々に鮮明さを増し、現実と変わらぬ体感を得るようになり、覚醒後も実体験のように記憶される。経験を重ねれば、夢のフィールドでの個人間の交流が可能となる。つまり複数人で同じ夢を共有する。
解説する人工音声は歯切れのいいキャリアウーマン・タイプだ。怜悧な口調が癇に障る。想像を絶する内容を淡々と語るせいだ。その声が途切れる。
マイケルが
「処女懐胎だ。
「ボブ、ふざけないで」
「なんで? もう動物の行為は必要ないんだ。ママ、どうしたら子供が生まれるの、って聞かれても、あわてなくていい。それはね、パパとママがおでこをくっつけたから、って言えばいい。コウノトリは失業だ」
「それだけ違ってしまったということだ」マイケルが言う。「まず社会構成だ。意識を共有する世界だから、首長も階級もない、決定のための会議も必要ない。
デレクは感心したように、けれど、皮肉めかして言う。「すばらしい秩序だ」
「問題なのはニルヴァーナ。わたしたちの爽やかな朝の正体が、これ」みんなの反応を見るようにドロシーは顔をめぐらせた。「どうもね、変だと思ってた。毎晩いい夢見るなんて。眠るとニルヴァーナに招待されていたわけ。共有意識に。そこで親しい人たちと逢って楽しい夢を見てた」
「ニルヴァーナ――涅槃。インド哲学だが」マイケルが言う。「入植時のメンタルサポートに当たったのは東洋系のチームだ。インド人心理学者と日本人僧侶がいた。命名には彼らの思想が反映している。それから、
「ニルヴァーナはあの世らしいぜ」ボブが情報端末の資料を見て言う。参照ページは全員の端末にサブ画面表示される。「夢の世界――ニルヴァーナに行けば、そこには亡くなった友人たちがいきいきと暮らしている。で、開拓民たちはこう考えた。自分たちも、肉体の死が訪れた後もニルヴァーナでずっといきいき暮らせると」ボブは唇を舐める。「地球に絶望していた連中には、飛びつきたくなる考えだ」
「事実、宗教化していた。〈自己の永遠の存続〉ってのは、宗教の甘い蜜だからな。ニルヴァーナの研究は、冒涜だという理由で中途半端に終わっている」
「夢はどんどん鮮明になってくる。もし、現実と区別がつかなくなれば、おれもニルヴァーナがあの世だと信じるかもしれない」デレクは言った。
「ロマンチストの皆さん、何事にも裏があるのをご存知か? 幻覚を見てるだけだとしたら、どうだ? ドラッグの幻覚みたいなもんじゃねえのか?」
「わたしたちが、いつドラッグやったの?」
「
「そんなデータはないの。科学チームが徹底的に分析してる。あんただって夢で逢ったでしょう、九年前に亡くなった地球の人たちに」
「今度、夢の中でネエちゃんと寝てみて、信じるかどうか決めよう」
「あんたって、どうしてそう下品なの」
「下品な連中の中で育ったんだよ、お嬢さま」
「静かにしろ。続けるぞ」マイケルは
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