04 余命


               *


 基地内には常駐スタッフの個室が六室あったので、各自に部屋が割り当てられた。

 室内は整えられている。デスクを指で拭っても埃は付かないし、ベッドは清潔で臭いもない。ゆったりした部屋着まで用意してある。のサイズではないから、初期開拓民が使った物だろう。

 どうやら、我々が来ることを知っていたようだ。

 上等なベッドではないが、その夜、四人の地球人はぐっすり眠った。宇宙船の中と違い、地に足のついた眠りはとても安らぐ。そしてそれ以上に安らぐのは、深い眠りから浮上するときに見る楽しい夢だ。目覚めを悔やむほど楽しい夢なら、なおさらのこと。

 そんな夢を四人は見た。

 懐かしい家族。懐かしい友人。懐かしい街。懐かしい地球──

 それぞれの寝室で、それぞれの閉じたまぶたは震え、まつ毛はヒクヒク動いた。唇はうっとり微笑んでいた。


 それからの毎朝を、地球人たちは爽快な気持で迎えた。朝の光に幸福感さえ覚える。皮肉屋のボブさえ鼻歌まじりで、それを横目にドロシーは苦笑している。

 気候のせいだろうか? 温度、湿度、微風の肌ざわり、それらが絶妙のバランスなのだろうか? 蒼い月光の常夜灯も、もちろん加えるべきだ。ともかく、気持のいい朝は新たな土地への抵抗感を薄めた。

 このときはまだ、快適な眠りに潜むものに、誰も気づいてはいなかった。眠りの中で展開する楽しい夢が、彼らの心を癒していることに――

 食事は、最初の二日間、マキルと彼の妻ポーレが用意してくれた。食材を携えて基地まで通い、キッチンで調理する。

 メニューは決まってパンと野菜とスープ。そこに蜜樹ハニーツリーから採った蜜が付く。料理は淡白な味だが、蜜が濃厚だ。琥珀色の樹液は単独では甘く、食物に合わせると驚くほど味わいが深くなる。慣れると、宇宙船ふねの保存食より旨い。ただ、ボブだけは保存食に固執した。

 おれはベジタリアンにだけはなりたくない──そう言って、今夜もタンシチューのパックを開ける。

「積んできた食い物は、みんなボブが食い尽くすぜ」デレクが言う。

「保存食、わたしの分あげるわ。ここの食事のほうが躰に良さそう。体調いいもの」

「便秘が治ったのか?」そう言ったボブにドロシーはパンをちぎって投げつけた。

「ここに居ると人間の寿命は短くなるって聞いていたが、まさかあと四年とはな――」ボブは保存食をいとおしそうに咀嚼しながら言う。「食い物のせいじゃないらしいが、それなら何が原因だ?」

 初期に地球産保存食だけで過ごした開拓民も短命化を免れていない。

「惑星内部からの波動放射の影響らしい……」マイケルが応じる。

「第一次開拓民は到着後四年しか生きられなかったんだろ。地球へ引き返した連中は何事もなく平均寿命を生きた。おれたちも、ここに居るかぎり、あと四年ってことだな」

 余命の話題は食卓の温度を下げた。

「テロメアが急激に減衰するのよね。そのせいで短命化する。地球化テラフォームしたつもりが、人間もこの惑星ほしに最適化されてる。でも、他に行く当てはなし。四年でも儲けものと考えなきゃ」

「せっかく助かったのに早死にか」

「〈鉄の棺桶〉って、あんた言ったよね。棺桶に乗って飛んでたほうがよかった? 節約したって食料は月分もない。餓死はつらいらしいよ」皮肉っぽくドロシーは返した。

 ボブは背もたれに躰を預けて大きく息をついた。

 ボブの言ったことは皆が思っていることだ。それを口にしただけ。そしてドロシーの言葉も、皆が胸の内で自分に返した言葉だった。

 マイケルがとりなすように言う。「アルファnineが棄星になったとき、95パーセントの人々が残留を選択した。つまり、長い余命と引き換えにしても、ここはすばらしいということだ。我々も、もう少しすれば、そのすばらしさに気づけるんじゃないのか?」

「ここへ来たのは、みんな地球や人類に絶望した連中だ。嫌なところへ帰りたくなかっただけだと思うぜ」ボブは譲らない。

 短命化という事実は、四人の心に影を落とす。各自が自分の歳を思った。マイケル42歳。ボブ40歳。デレク39歳。ドロシー36歳。それぞれが、自分の歳に4を足してみた。

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