03 到着
*
アルファnineは、快適な気温と、やや薄いものの爽やかな大気で来訪者を迎えた。
微かにキャラメルに似た香りがする。花の香りだろうか。
高台の開拓基地に着陸したアクエリアスを迎えたのは、たった一人の現地人だった。現地人は
小麦色の寛衣をまとった
一世紀を超える時間、異なる環境に曝された結果がこれだ、と地球人たちは思った。
「あなたがたのお相手は、わたしがすることになります。寂しい出迎えだと思うでしょうが、ここでは一人がみんなを代表します。いずれ理解できるでしょう」
マキルの他に、
なだらかに下る斜面のむこうに樹木の群生があり、そこで数人の
もっと近い場所には、輪になってあぐら座りする数人のグループがあった。みな目を瞑っている。
「何をしているのかな?」輪になった人たちのことを、デレクは訊いた。
「手が空いたので、瞑想しているのです」
マキルの先導で基地施設に向かった。
目の前には、鉛色の要塞じみた開拓基地が立つ。建物を取り巻いて造形物がある。サッカーボールくらいから人丈の大きさまで、連続する立方体や球体、宙に向かったまま途切れる螺旋階段……ほとんどは抽象的なデザインだが、基地入口の扉を挟んで二つのヒト型像があった。
右側は白い石で造られた
左側は緑の石による
「皆で造ったものです」マキルが言う。
「芸術家がいるんだ」とデレク。
「前衛的だわ」
「気味が悪いぜ」地球人像と
ふいにドロシーが後ろを振り返った。
デレクは気づいて彼女の視線を追う。視線の先は樹木の群生だ。
「ケーキショップでも見つけたかい?」
「いえ」ドロシーは額に手をやる。「名前を呼ばれたような気がして」
「顔が広いな。ここにも友人がいるのか?」マイケルが笑う。
「気のせいだわ、きっと。行きましょう」
マキルが興味深そうに彼女を見ていた。
開拓基地の内部は闇に沈んでいた。
マキルがメイン電源を入れると、唸りに似た音が施設内に響き渡った。眠っていた巨獣が目を覚ましたように。
次々に照明が点き、施設の奥まで照らす。扉の内側は広くガレージになっていて、二台のカートと小型トラックが駐めてあった。右横の車両出入口はシャッターで閉じている。
ガレージを抜けて奥の通路を進むと指令室があった。
「ここに入植当初からの記録が収まっています。必要ならわたしが補足します」マキルは指令室のメインコンピュータを指して言った。
ドロシーがすぐに起動を試みる。年代物のシステムだ。
「記録は膨大です。一世紀分の蓄積ですから。わたしはひとまず戻ります。あなたがたの食事を用意しなければならない」マキルは退室しかけたが、思いついたように足を止めて振り返った。「亡くなられた
「ありがとう」マイケルが応えた。
マキルが帰った後、
「あいつら……敵じゃないよな」ボブが呟いた。「入口にあった地球人の像、降服するみたいにホールドアップしていたぜ」
「あんたにはホールドアップに見えたのね」ドロシーは肩をすくめる。
「脚は根っこになって地面に繋がれてた。逃げられないように」
「いいかげんにしろ」マイケルはメインコンピュータを操作する。「このコンピュータをアクエリアスのサブAIとリンクさせる。〈開拓史〉を読み込ませて解析させる」
「サブ? 時間がかかるわ」
「万一データに悪意が潜んでいれば、アクエリアスの頭脳がダウンする。メインと切り離して作業させる。一応、ボブの疑念は考慮する」
ボブは両手を拡げてみせた。「基地の中を見てこようぜ、ドロシー」
「あんたと二人になるのはごめんよ」
「かんべんしてくれよ。デレクに顔が変わるほど殴られたじゃねえか」
「おれがドロシーと行くよ」デレクはボブの肩を叩いた。
「ナイトがついてりゃ安心だ」ボブは言った。
基地はテニスコート三面ほどの敷地に立つ。指令室のある作業区画と個室の並ぶ居住区画に分かれる。居住区画にはダイニングキッチンとトレーニングジムがある。
キッチンの大型冷蔵庫は空だったが、貯蔵庫にはウイスキーやワインといった酒類が相当数残っていた。入植時に運ばれた物だから、すべて年代物だ。多量の残数は、惑星子に飲酒の習慣がないことを窺わせた。
トレーニングジムには器具やマシンの他に、ボクシングリングまで設置されていた。
「とりあえずは暮らせそうね」
ジムとダイニングの間に武器庫があった。扉は施錠されていない。扉脇のフックに、ワイヤーに通された
「これを見たかぎりじゃ、あの人たち危険じゃなさそう。武器庫に施錠しないなんて、よほど平和じゃないとできないわ」
「そういうことだな」
「これは、おれが預かるよ」
その鍵を自分のチェーンネックレスに通した。
首に掛けられた銀色の鍵を見て、ドロシーは眉を上げた。「それも、なかなか前衛的ね」
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