03 到着


               *

 

 アルファnineは、快適な気温と、やや薄いものの爽やかな大気で来訪者を迎えた。地球化テラフォームは成功していた。

 微かにキャラメルに似た香りがする。花の香りだろうか。

 高台の開拓基地に着陸したアクエリアスを迎えたのは、たった一人の現地人だった。現地人は惑星子ほしのこと呼ばれるが、基地の記録からそれを知るのは少し後のことになる。

 小麦色の寛衣をまとった惑星子ほしのこはマキルと名乗った。はっきりした共通英語コモンランゲージを話したが、華奢な体形は人類と異なっている。背丈は150センチほど。狭い肩から伸びる腕はアンバランスに長く、肌はうす緑色を帯びたゴム質感。あごの小さな顔は眉がなくてつるつるしており、とうもろこしのヒゲに似た黄色い髪がひと房頭頂を飾っている。中性的な声と容姿は男女の区別ができなかった。

 一世紀を超える時間、異なる環境に曝された結果がこれだ、と地球人たちは思った。

「あなたがたのお相手は、わたしがすることになります。寂しい出迎えだと思うでしょうが、ここでは一人がみんなを代表します。いずれ理解できるでしょう」 

 マキルの他に、そらから降りて来た異邦人に関心を示す者はいない。代表者が応対しているとはいえ奇異だ。

 なだらかに下る斜面のむこうに樹木の群生があり、そこで数人の惑星子ほしのこが農作業をしているようだ。小道を行く者もいる。

 もっと近い場所には、輪になってあぐら座りする数人のグループがあった。みな目を瞑っている。

「何をしているのかな?」輪になった人たちのことを、デレクは訊いた。

「手が空いたので、瞑想しているのです」

 マキルの先導で基地施設に向かった。

 目の前には、鉛色の要塞じみた開拓基地が立つ。建物を取り巻いて造形物がある。サッカーボールくらいから人丈の大きさまで、連続する立方体や球体、宙に向かったまま途切れる螺旋階段……ほとんどは抽象的なデザインだが、基地入口の扉を挟んで二つのヒト型像があった。

 右側は白い石で造られた地球人オリジナル体型の男性裸像。両腕を上げ天を仰いで叫んでいる。角度によって、その表情は歓喜にも悲嘆にも見える。両脚は膝から下が一つに溶け合って捻れ、木の根に変わって地面と融合している。

 左側は緑の石による惑星子ほしのこ体型の裸像。こちらは四体が背中合わせに円を作って立ち、長い腕を捩り合わせて手を繋いでいる。そのままブリッジのように躰をのけ反らせ、四つの頭のてっぺんをくっつけている。くっついている頭頂部は溶け合って一つに融合している。

「皆で造ったものです」マキルが言う。

「芸術家がいるんだ」とデレク。

「前衛的だわ」

「気味が悪いぜ」地球人像と惑星子ほしのこ像を見やり、ボブは顔を歪めた。

 ふいにドロシーが後ろを振り返った。

 デレクは気づいて彼女の視線を追う。視線の先は樹木の群生だ。惑星子ほしのこたちが農作業をしている辺り。キャラメルの香りはそこから漂うようだ。この先深く関わることになるその樹木──蜜樹ハニーツリーを、ドロシーはじっと見つめた。

「ケーキショップでも見つけたかい?」

「いえ」ドロシーは額に手をやる。「名前を呼ばれたような気がして」

「顔が広いな。ここにも友人がいるのか?」マイケルが笑う。

「気のせいだわ、きっと。行きましょう」

 マキルが興味深そうに彼女を見ていた。

 開拓基地の内部は闇に沈んでいた。

 マキルがメイン電源を入れると、唸りに似た音が施設内に響き渡った。眠っていた巨獣が目を覚ましたように。

 次々に照明が点き、施設の奥まで照らす。扉の内側は広くガレージになっていて、二台のカートと小型トラックが駐めてあった。右横の車両出入口はシャッターで閉じている。

 ガレージを抜けて奥の通路を進むと指令室があった。

「ここに入植当初からの記録が収まっています。必要ならわたしが補足します」マキルは指令室のメインコンピュータを指して言った。

 ドロシーがすぐに起動を試みる。年代物のシステムだ。

「記録は膨大です。一世紀分の蓄積ですから。わたしはひとまず戻ります。あなたがたの食事を用意しなければならない」マキルは退室しかけたが、思いついたように足を止めて振り返った。「亡くなられた地球こきょうの友人たちに、お悔やみを申します。もう十年ちかく経ちましたが」

「ありがとう」マイケルが応えた。

 人工冬眠コールドスリープ中に経過した時の流れに、乗員クルーたちはそれぞれ思いを馳せた。

 マキルが帰った後、

「あいつら……敵じゃないよな」ボブが呟いた。「入口にあった地球人の像、降服するみたいにホールドアップしていたぜ」

「あんたにはホールドアップに見えたのね」ドロシーは肩をすくめる。

「脚は根っこになって地面に繋がれてた。逃げられないように」

「いいかげんにしろ」マイケルはメインコンピュータを操作する。「このコンピュータをアクエリアスのサブAIとリンクさせる。〈開拓史〉を読み込ませて解析させる」

「サブ? 時間がかかるわ」

「万一データに悪意が潜んでいれば、アクエリアスの頭脳がダウンする。メインと切り離して作業させる。一応、ボブの疑念は考慮する」

 ボブは両手を拡げてみせた。「基地の中を見てこようぜ、ドロシー」

「あんたと二人になるのはごめんよ」

「かんべんしてくれよ。デレクに顔が変わるほど殴られたじゃねえか」

「おれがドロシーと行くよ」デレクはボブの肩を叩いた。

「ナイトがついてりゃ安心だ」ボブは言った。

 基地はテニスコート三面ほどの敷地に立つ。指令室のある作業区画と個室の並ぶ居住区画に分かれる。居住区画にはダイニングキッチンとトレーニングジムがある。

 キッチンの大型冷蔵庫は空だったが、貯蔵庫にはウイスキーやワインといった酒類が相当数残っていた。入植時に運ばれた物だから、すべて年代物だ。多量の残数は、惑星子に飲酒の習慣がないことを窺わせた。

 トレーニングジムには器具やマシンの他に、ボクシングリングまで設置されていた。

「とりあえずは暮らせそうね」

 ジムとダイニングの間に武器庫があった。扉は施錠されていない。扉脇のフックに、ワイヤーに通された電子鍵キイが無造作にぶら下がっていた。庫内には拳銃から重火器まで揃っている。敵性生物を想定した標準的なものだ。使用された形跡はない。

「これを見たかぎりじゃ、危険じゃなさそう。武器庫に施錠しないなんて、よほど平和じゃないとできないわ」

「そういうことだな」

 電子鍵キイをワイヤーから抜き取って、デレクは扉を施錠した。

「これは、おれが預かるよ」

 その鍵を自分のチェーンネックレスに通した。

 首に掛けられた銀色の鍵を見て、ドロシーは眉を上げた。「それも、なかなか前衛的ね」

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