*


 船内時間が二年経過した頃、船外時間九年九か月後のアルファnine宙域で、アクエリアスはワープ航行を解除して実体化した――

 息遣いが聞こえる。人工冬眠コールドスリープエリアに並ぶ睡眠槽ベッド上蓋シールドが持ち上がり、そこからドロシーのチョコレート色の躰がひきずり出された。アフリカ系が混じる豊かな曲線を覆うものはショーツだけ。

 ボブ・ボイヤー機関士は、苦労して持ち上げたドロシーを床に敷いた毛布に寝かせた。

 男の胸毛が汗で光る。欲望の熾火おきびを宿した目でドロシーの姿態を舐めながら、自らの下穿きを脱ぎ去った。

「さあ、仲良くしようぜ。久しぶりなんだろ」

 ドロシーが眉根を寄せて薄目を開く。

 ボブはあわてた。起こすつもりで言ったわけではない。冬眠からの復帰は、朦朧状態がしばらく続くはずなのだが。

 手動覚醒マニュアルに切り替えたから、覚醒モードが〈緊急〉になったのか? しまった。モード維持の設定をし忘れた。

 かまうもんか。ヤッちまえ。

 ショーツに指をかけ脱がそうとすると、彼女は頭を振り、はっきりとこちらを見た。

「ボブ? 何するの、やめて!」

 舌打ちする。「おとなしくしてな。すぐいい気持になるから」

 ドロシーは四肢をばたつかせて抵抗した。だが、人工冬眠コールドスリープから覚めたばかりの筋肉には力が宿っていない。

「みんな寝てる。誰も来ない。暴れるな」


 デレクは目覚めた。不快な目覚めだ。頭がひどく痛む。

 緊急覚醒させられた――ということは、宇宙船アクエリアスに不審な操作がなされたということだ。

 睡眠槽ベッドを出ると、すぐに事態が知れた。床でドロシーがレイプされている。

 ため息を洩らし、組み合う二人に向かった。

 周囲に気のまわらないボブに、横ざまからタックルを浴びせた。

「デレク!」ドロシーが叫んだ。

 もどかしいほど腕に力が入らない――それでもデレクの拳はボブを連打した。

 顔を血まみれにして相手が大の字になると、デレクも力尽きて倒れ込んだ。

 ドロシーは壁に手をついて立ち上がる。嗚咽をかみ殺しながらパーソナルエリアへ姿を消した。

「なんで目が覚めた?」倒れたままボブが訊いた。

「おれは船の用心棒なんだよ。整合性のない操作がされると、AIに緊急覚醒させられる。おれしか知らない任務だがな…… 自分だけ早く起きる細工をしやがって。次は殺すからな」緊急覚醒の頭痛は治まらない。デレクは顔をしかめた。

「殺してもらったほうが良かったぜ……」仰向いたボブの唇が、血の泡を噴きながら呟いた。

 時間をおいて、デレクに伴われ、ボブはドロシーのパーソナルブースへ行った。謝罪のためだ。

「すまない。どうかしてたんだ。おれは――」

 謝罪の言葉はそこまでしか言えなかった。彼の腫れあがった顔を、ドロシーは思いきり張りとばした。

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