02 滅亡


               *


 宇宙軍所属星間貨物船アクエリアス号。主要任務は軍事用鉱石の運搬だ。地球を発って二か月後、サンプル鉱石を積載した宇宙船ふねは太陽系への帰途に就いていた。

 船内は復路の和やかな空気に充ちていた。家路をたどる夕暮れどきの和やかさだ。

 が、その空気は一瞬にして凍りついた。

 全面核戦争勃発を受信したのだ――

 乗員クルーはコックピットに集結していた。マイケル・アトキンス船長、デレク・タカノ宇宙軍中尉、ドロシー・バーンズ医療士、ボブ・ボイヤー機関士の四名。

 声を発する者はいなかった。彼らの目はディスプレイに集中している。

 通信妨害が行われていた。妨害の網をくぐるランダムな情報を、宇宙船ふねのAIが収集している。錯乱した映像と音声が流れては途切れる。何分か後、ようやく国連宇宙ステーションの公報にアクセスできた。信頼に足るサイトだ。ワームホール通信のため、距離によるディレイはほとんどない。

 公報画面に映し出されたのは、漆黒の宇宙に浮く青い宝石――地球。その大陸のあちらこちらに閃光の花が咲く。地表を舐めるように殺戮の花びらがいくつも開く。その真下では、数千度の熱がすべてを焼き尽くしているのだ。戦慄の映像は無音で展開する。

 画面右上に開いた小窓ワイプでは、スーツ姿の報道官が被害状況をアナウンスしていた。

 合衆国の白いマップが表示される。核爆発地点に赤い円が開く。赤く塗りつぶされた円内は生存困難エリアだ。主要都市から開き始めた赤い円は、したたる血のように、白い安全域を点々と汚して重なり合う。見る間に安全域が狭められてゆく。

 数分後、マップ全域が赤色に覆われた。それでも飽き足らず、赤の上に赤い円が開く。赤に赤が重なり、合衆国はどす黒く変色してゆく。表示が他の大陸に切り替わっても、どこも同じ状況だ。世界マップが黒く変わってゆく。

 人工衛星からの映像に切り替わった。

〈Live〉〈Washington〉とテロップが表示されている。だが、砂塵に覆われた薄明かりの下には瓦礫の山が見えるばかりだ。暮らしてきた街は面影もない。

 突然、小窓ワイプ以外の映像がブラックアウトした。スタジオ内が騒然とする。

 貼り付けていた冷静さが崩れ、報道官が怯えたように言う。「たったいま国連の視察衛星が爆発しました。事故の状況を、ただいま調査中です」

 バックグラウンドに叫び声が飛び交った。人が駆け回り機材が倒れる音がする。マイクは喧噪を拾い、カメラだけが律儀に報道官を捉えている。

を攻撃?」報道官があらね方に向いて言った。信じられないという顔だ。条約違反じゃないか――呟きをマイクが拾う。酸素が足りないかのように口を開閉する。

 ブランドのネクタイを乱暴にゆるめトップボタンをはずした。緩めた襟の中で首を廻す。そうしなければ声が出ないというように。それから正面を向きデスクに両肘をついた。

「まもなく、ここにミサイルが着弾する」顔が泣き笑いのように歪む。「何よりも大切な条約が守られなかった。とても残念です。もう誰も残らない……さよなら、皆さん。さよなら、人類。わたしたちの歴史は殺し合いでした――」いきなり卓上に拳を叩きつけた。「終わりだ! ちくしょう!」それが最後の言葉だった。

 閃光が映像を呑んだ。直後闇に落ちる。スピーカーは悲鳴じみたノイズをわめき散らし、突然、呼吸が止まったように途絶えた。

 不吉な沈黙だけが残った。通信のむこう側にあった世界は、死んだ。

「帰るところがなくなったわね」ドロシーが沈黙の中からポツリと呟いた。

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