18

 桃子さんが帰ったあと、一人泣き続けた鶴は、その日の夜に菫の遺言を読んだ。

 そこには菫の一生が短い文章で、菫の手書きの文字で、菫の言葉で端的に書かれていた。

 菫がもともと生まれたころから、体が弱かったこと。

 二十歳までは生きられないとお医者様から言われていたこと。

 菫の結婚をした相手であり、幼いころからの許嫁である藤原薫さんは、そのことを知っていて、それでも菫と愛し合って結婚をしたこと。

 菫がいつも元気な鶴に憧れを抱いていたこと。

 名門私立秋桜学園での毎日が、本当に、本当に楽しくてたまらなかったこと。

 ……そして、鶴に病気のことを黙っていたことを謝る言葉が続いて、その遺言の最後のところには、さようなら、の文字があった。


 鶴は菫の遺言を丁寧に元の形に戻して、それを大切に自分の机の引き出しの中にしまった。

 それから鶴はカーテンを開けて、夜空に輝く星を見て、それからもう一度、自分の部屋の中に視線を戻して、壁に立てかけてある、布に包まれた小さな四角いものを見つめた。

 それは桃子さんがこの部屋に残していった、菫からの鶴への形見分けの品だった。

 鶴はその四角いものの近くに移動をすると、ゆっくりと、丁寧に、その布を縛っている紐をといていった。

 そして、その布を開けると、その中身は一枚の小さな絵画だった。

 その絵画に鶴は見覚えがあった。

 あの日。

 菫と永遠のさようならをした日に見た、あの絵だった。

 菫と思われる白い帽子をかぶり、白いワンピースを着た小学生くらいの女の子が緑色の草原の上で、こちらに背中を向けている不思議な絵。

 その絵画のしまわれていた布の中にはその絵の題名と思われる紙が入っていた。

 その紙には『君の抜け殻』と言う文字が書かれていた。

 その文字を見て、菫。これがあなたの抜け殻なの? と鶴は思った。


 鶴はまた悲しくなって、泣いてしまった。

 それから鶴は、その小さな絵画を抱きしめて、床の上に転がるようにして眠りについた。

 それは、とても静かな夜だった。

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