19 ……涙がこぼれないように。

 ……涙がこぼれないように。


 鶴はその眠りの中で菫の夢を見た。

 鶴の夢の中で、菫は、あの絵画の中と同じように白い帽子をかぶり、白いワンピースを着て、緑色の草原の上に立っていた。

 菫は鶴にあの絵画と同じように背中を向けていた。

 だけど鶴にはそこにいる少女が菫であるとなぜかわかった。

 菫は青色の空の向こう側に、その視線を向けていた。

 そんな菫の姿を見て、鶴は、今、菫がなにに背を向けていて、いったいなにを見ようとしているのか、それを知りたいと強く思った。

 鶴はそんな菫の後ろ姿に見入っていた。

 夢の中の菫の姿は、絵画の中の小学生の女の子であり、同時に鶴のよく知っている十八歳の菫の姿にも同時に見えた。

 二人の菫が重なっているような、そんな不思議な光景だった。

 草原の上に気持ちの良い風が吹いた。

 白い帽子がその風に飛んでいかないように、菫が手でその白い帽子を軽く押さえた。

 それから菫は、その風の吹いてきた方向に向かってゆっくりと歩き出した。

 菫がどこかに行ってしまう。

 私の知らない世界に、菫が一人で旅立ってしまう、と鶴は思った。

「菫!!」

 鶴は叫んだ。

 本当は菫のところまで行きたかったのだけど、なぜか足が動かなかった。

 鶴の声は、菫の耳にまで届いたようだった。

 菫は立ち止まった。

 そしてゆっくりと、鶴のほうを振り返った。

 ……その少女は、やっぱり、思っていた通りに菫だった。

 小学生の女の子であり、同時に十八歳の高校生である菫は、鶴の顔を見て、にっこりと白い歯を見せて笑った。

「鶴! さようなら!」

 大きく手を振って、菫が言った。

「うん! さようなら!」

 泣きながら、鶴が言った。


 すると、そこで鶴は目を覚ました。

 そこは自分の住んでいる、菫のいない、東京のマンションの中だった。その床の上に鶴はいた。

 鶴はぼんやりとする頭のまま、ゆっくりと体を起こして、ずっと抱きしめていた小さな絵画を見た。

 君の抜け殻という題名の絵画。

 鶴はその菫の残していった抜け殻を持って立ち上がると、その絵を飾るための場所を探して、部屋の中を歩き始めた。

 窓の外では、雀が小さな声で鳴いていた。

 それは、気持ちの良い、晴れた朝だった。


 数日後、鶴は誕生日を迎えて二十歳になった。

 私は大人になったのだ、とその日、鶴は本当に、本当に強く思った。


 君の抜け殻 終わり

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