第5話
五
ターコイズブルーの世界。
ここはとても素敵な所よ。
だって何のしがらみもないんですもの。
ほら、目を開けた彼はとても良い顔をしている。
「…まさか…ほんとに…」
「ここが貴方が望んだ海の底よ。美しいでしょう?」
「ああ、とてもじゃないけど言葉では表せない」
「あら、言葉で表せないなんて当たり前のことよ?」
「綺麗だ…」
「貴方の嫌いなものは何一つない場所。美しさだけで構築された世界。汚いものも穢れたものも何も無い。あるのは美と芸術だけ」
「芸術?」
「そうよ。ほら、あそこではマーメイドが絵を描いている。あっちではクマノミ達がピアノの周りに集まってるわ。きっと曲作りをしているのね。あそこに住んでいるリュウグウノツカイはとても歌が上手なのよ。ほらみて、あの小高い丘の上にあるお家。あそこはイルカさん達のアトリエなの。お人形を作るアトリエ。それから…」
「きみはどうしてそんなに詳しいの?」
「だって私が貴方に見せてあげているのよ?当たり前じゃない。なんにも知らなかったら貴方に何も教えてあげられないわ?」
まぁ、なんて顔しているの?
折角綺麗で美しい場所にいるのに、そんなに苦しそうな顔をしていたら全部台無しだわ。
「…おれがどうして海の底を見たいって言ったか分かるか?」
「見たかったからでしょう?」
「それも勿論ある。でも違う」
「じゃあ、なぁに?」
「きみに連れてきてもらいたかったんだよ。きみが居るべき場所に」
「…どういうこと?」
「きみにはあの海辺でしか会えない。それも美しい三日月の日じゃないと駄目だ。少しでも空が曇っていたり陰っていたりしたら駄目。夜になる前にはいなくなってしまうのに…雲一つない、見る者全てを惑わせ、虜にさせるような三日月の日じゃないと、きみには会えない。」
「そうだったかしら?もっと沢山会っていたような気がするけれど」
「きみの時間とおれの時間は違う。刻み方、進み方、針の動く速さ。全部違う」
「あら、私には今の三つは全て同じに聞こえるわ?」
「そうかもしれないな。でも違う事に変わりはない」
「違う違うって、私ちょっぴり傷ついちゃう」
「ごめん。でも、きみはおれの唯一なんだ。だから、しっかり見ておきたかった。きみの大切な場所を」
「そう…そうよね。私こそごめんなさい。でもね?私にとっても貴方は唯一なのよ?」
「それは凄く光栄だな」
「ふふ…お互い嬉しい色。今日貴方に会った時に気づいたわ。貴方はもう新しい匂いがした。扉が見えたのね。開けることは出来そう?」
「ああ。きみが鍵をくれればね」
「まぁ、私の鍵が必要なの?」
「きみから貰わなくちゃ駄目なんだ」
「分かったわ。そんなに愛らしくお強請りされたら私も断れないもの」
私はまた、歌ったわ。
彼の心に鍵を渡すために。
彼ったらまた泣いていたのよ?
全く、泣き虫な人ね。
でも大丈夫。
その涙はもう宝石にすらならないくらい柔らかく溶けてしまっているのだから。
キラキラと。
海の底の美しい砂と一緒にね。
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