第3話


もうすぐお花達が目を覚ます季節ね。

私は海辺に座って彼が聞かせてくれた歌を繰り返し、繰り返し歌っていたの。

そうしたらね、今度は彼の方が私を見つけてくれたのよ。

私ったらひどく驚いちゃって。

途中で音程を外してしまったわ。

恥ずかしさを紛らわすために、私は彼に向かってこう聞いた。

「どうしてここにいるの?」

彼は笑顔で答えてくれた。

「きみに会えるのはここだけだからさ」

嬉しさという名の感情が胸を満たしていくのを感じたわ。

彼はもう制服を着ていなかった。

制服を脱ぎ捨てた彼はいつもよりちょっぴり大人に見えた。

「貴方を縛っていたものを自ら断ち切ってきたのね。偉いわ。でもまだダメ。貴方はまだ雁字搦め。抜け出せていない。貴方の本当の望みはなぁに?」

私の言葉を聞いても、今度は彼は驚いた顔をしなかったの。

代わりに浮かべた表情は、何かしら?

私には分からないわ。

この顔をしている時、彼の中にある感情の名前は何なのか。

私には分からなかった。

でも彼はそんな私にお構い無し。

私の大好きな声で言葉を紡いでいったの。

「おれはね、もう一度きみに歌って欲しいんだ。きみの歌はどこまでも美しく尊い。もう一度、その麗しい声で歌を聞かせてくれないか?」

「それが貴方の本当の望みなの?」

「おれの本当の望みに辿り着くために必要な事だよ」

「まぁ、そうなのね?分かったわ。貴方の本当の望みをドロドロの闇から掬い上げてあげる」

私は歌ったわ。

彼の一番では無い望みの為に。

声が出なくなるまで。

彼はずっと泣いていた。

彼の涙は宝石みたいだったの。

だからね、私は夜がくる少し前に歌をやめて彼の涙を拭ってあげたわ。

彼は辛そうな顔をしていた。

「そんな顔しないで。貴方は生きれる」

「…どうしてそんな事言うんだ」

「私には分かるからよ。だって、ほら…」

私はさっき拭った涙の欠片を彼に見せてあげた。

彼の瞳とおんなじ色の宝石が私の掌にあるのを見て、彼は目をまん丸にしていたの。

子供みたいで可愛らしかったわ。

「これ…」

「こうして貴方の涙は貴方の瞳とおんなじ色の宝石になった。綺麗で、キラキラしてて。とても純粋な欠片よ。だから大丈夫。生きていけるわ。今はまだその時じゃないかもしれないけれど。きっといつか、貴方はまた歌える」

私の言葉をゆっくりと咀嚼して飲み込んでいるように見えた。

そうして気づいたら、彼はもういなかったわ。

やっぱりお空には綺麗なお月様が顔を覗かせていた。

私は彼の瞳の色の宝石を大事に抱えて、そのまま深い眠りに落ちていったの。

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