第3話


男と夜空のお散歩を始めてから一ヶ月が経ったかしら?

正確には分からないけれどなんとなく勘で言うとそれくらいだったと思うわ。

私達二人はこうしてお散歩している間、何も食べていないし一睡もしていなかった。

けれど不思議と疲れは感じなかったの。

お腹も空かないし、眠気も襲ってこない。

こうして男の手を握って二人でただただ空を歩くのが楽しかった。

この世界の空は思った以上に広いのね。

全くゴールが見えてこなくて、私ったらすっかりもう自分は空の住人だと思い込んでしまっていたのよ。

その間も、男は沢山面白い話を聞かせてくれたわ。

湖の底で絵を描き続ける人魚の話。

人間と同じ大きさになろうとして結局諦めてしまった小さな妖精さんの話。

様々な雲の世界を渡り飛ぶ龍の話。

雷と共に歌を歌うことが好きなネッシーの話。

どれもこれもとても素敵でとても面白かった。

その中でも私が一番気に入ったお話があるの。

それはね、お人形のお話。


──────────────


ある所にお人形が大好きな男の子がいたの。

でもね、その子はとても体が弱くて、大人になれないってお医者様に言われてしまった。

悲しくて泣いてばかりいた男の子にその子のおじい様はとても綺麗なアンティークのフランス人形をプレゼントしてあげたの。

そうしたら男の子の体はみるみる元気になっていった。

その男の子はやがて人形を作る人形師になったわ。

沢山のお人形を作って子供達を喜ばせていたの。

でもね、ある日ふと、あの日おじい様からもらったフランス人形の事を思い出した。

男の子はそのフランス人形をどうしたのか、全く覚えていなかったのよ。

とても大切にしていたのにいつの間にかどこかへ行ってしまった。

探しても探しても見つからないから、男の子はその人形を自分で作ることにした。


───────────────


そうして完成した人形がこれ。

と言って男が私に見せてくれたお人形。

綺麗な青い宝石をはめられた瞳は、どこか悲しそうな色をしていたわ。

でもね、そのお人形はとても作り物とは思えないくらいリアルだったの。

キメの細かい肌やその内側を通っている血管まで見えた。

まるで、生きているみたいだったわ。

私は男にその話の先を促した。

「ねぇ?その男の子は、このお人形さんを作って、どうしたの?」

すると男はとてもいい笑顔でこう言ったの。

「彼はね、このお人形を作った後、とても幸せそうな顔で眠ったんだ」

そして男は持っていた人形の目を撫でた。

するとね、そのお人形はまるで眠りについたかのように目を閉じて、健やかな寝息を立て始めたわ。

少し驚いたけれど、あそこまで本物の人間に近い見た目だったのだもの。

こうなってもおかしくわないわよね?

そのお人形さんの寝ている姿が余りにも可愛らしくて、私はしばらく眺めていたわ。

でもね、段々と寝息は小さくなっていって、ついには全く聞こえなくなってしまったの。

さっきまで薄ピンク色に色づいていた頬も徐々に色をなくしていってしまった。

残念に思いながらも、私はお人形さんの顔に触れた。

とても冷たかったわ。

あの冷たさは、きっと二度と忘れられないでしょうね。

そんな冷たくなった私の手を、男は取ってくれたの。

暖かかったわ。

驚く程にね。

でもとても安心した。

だって冷たかったのだもの。

暖かくなれば安心もするでしょう?

「ありがとう」

と、私は言ったわ。

「どういたしまして」

男はどこか嬉しそうに見えた。

いつの間にか無くなっていたお人形さんはきっと眠ったのだと思う。

そう、幸せそうにね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る