第4話探索業協同組合にて
ボケっとした表情で頬杖をついている職員の前まで来ると、ようやくその職員はトロイに気づき、少しだけ背筋を伸ばして応対する気配を見せた。
「や、トロイくんじゃないか。今日も葉っぱの納品かな?」
カセスの葉。
俗称は葉っぱ。
様々な薬の原料となるこの葉は、未加工のものであっても自然治癒効果を高めるとして一定の需要がある。
「そうです。ゲラーさんは最近暇そうですね。羨ましい」
「うっ、そりゃ嫌味かい?朝から晩までほとんど突っ立ってるだけってのも相応に辛いんだよ」
「あはは。すみません。ゲラーさんは気安いのでついつい」
「はー、まあ今時分に仕事してる君から見たら僕は怠け者だよねぇ。と、はい、これが報酬ね。一応確認してってくれよ」
話しながらも、素早く納品したものを確認したゲラーは、報酬金額が打刻された薄い長方形の木札を渡した。それを銀行までもっていけば金に換えてくれるし、そのまま口座に放り込んでもらうこともできる。
トロイは、角が削れ手垢で黒ずんだ木札に目をやると、やや心もとない金額だが、依頼書通りであった。
「うん。いつも通りばっちりです。これなら今日の夕飯は酒をつけても余裕がありますね。久しぶりに奮発して肉でも食おうかな」
「若いのに大変だねぇ…ああっとそうだ。ちょっと時間をおくれ。妻から渡しておいてくれって言われたものがあるんだ」
「奥さんが俺に?どうしてです?」
「この前貰った果物とかまぁ諸々のお礼だよ…んーこれなんだけど…」
しばらく屈んでごそごそとやっていたゲラーは、一冊の本を取り出し、トロイに手渡した。
その本はやや年代ものに見えるものの、それでも高級感を感じさせるものだった。表紙と裏表紙はそれぞれ濃い紺色をしており、白っぽい背表紙には金色の記号のようなものが等間隔で四つ刻まれている。背表紙の記号以外でトロイに読めるようなタイトルは認められず、外見からはどのような内容なのか見当がつかない代物であった。
「…何について書かれた本なんです?絶対高いでしょう。これ」
「魔法だってさ。この前妻の実家の倉庫を掃除してたらでてきたんだから実質タダだよ」
「…そういうことならありがたく。でも魔法書なんぞ読めませんよ俺は」
「知ってるとも。でも投げやりに捌いちゃダメだよ。
君ならどっかにそういう伝手があるんじゃないかと思うんだけど、どうだい?」
「あー魔法屋ですか。います。いますけど世話にゃなりたくないです」
「でもね、赤の地区じゃあ魔法書なんてろくな値がつかないよ?売ったら勿体ないと思わない?ものにする
「なるほど。そういう腹積もりですか。魔法書を頭にぶち込まれるのはきっついらしいんで遠慮したいんですけど」
魔法書を読む教養のない者が魔法を覚えようとすれば魔法屋を利用するしかない。依頼料代わりに魔法書を取られるが、赤の地区で一から魔法の習得をするのにのにかかる費用を考えれば破格だろう。最も、頭にぶち込むというだけあって、相当な苦痛を味わうと噂されている。
「魔法屋の腕が良ければ大丈夫でしょ」
「急に投げやりになりましたね…」
「何の魔法が書いてあるのかわからないし、トロイくんが嫌なら無理にとは言わないさ」
「はぁ。ま、考えときますよ。前向きに。しばらくは仕事しなくてもいいくらいには余裕ができてきましたからね」
「そっかぁ、君とおしゃべりができないと思うと寂しくなるよ。けど、うん、ここいらで自粛しないとどんどん割に合わない依頼ばかりになっていくからねぇ。外が落ち着くまで、皆と同じように一か月くらいはお休みするといい」
「いえ、完全に休止するわけにはいかないんです。目標に少し足りないのでまだ休めません」
「そう?働きすぎなくらいだと、僕は思うね」
「俺にできる依頼だとこのくらい働かないと、今より条件の悪い時期に日銭を稼ぐ羽目になります」
「なんにせよ、組合の職員としては早めに休暇に入ってほしいね。本当に、無理をしないようにね」
「ありがとうございます」
いよいよ空腹も限界がきていたトロイは、ゲラーに礼を言って魔法書を肩掛けのカバンに押し込むと、空っぽになった籠をゲラーから受け取り、そそくさと窓口を離れた。
ゲラーはそんなトロイを見送ると、再び頬杖をついて次の探索者を待つ姿勢になる。そうしてトロイの背を呆と見やるゲラーの瞼はだんだんと重くなっていき、同僚に叩き起こされるまでカウンターに突っ伏すことになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます