第10話
トンネルを走る音さえも聞こえない列車で、いつ終わるともしれない「無」の時間を二人は過ごした。
眠ろうとも思ったが、ほんの少しの恐怖が二人を眠らせなかった。
何もない時間というのは思った以上に疲れを貯めていくものである。いつ終わるのか分からなければなおさらである。
すると突然、車内は白い光に包まれた。
「うっ、眩しっ!」
暗闇に目が慣れていた二人は、思わず目を覆う。
「なんだなんだ?」
後藤がゆっくりと目を開けると、列車の両側の窓が真っ白に染まっていた。
「なんだこれ……?」
窓を覗き込んでみるが、ひたすら白があるだけで外から照っているのか、窓が塗られたのかも分からなかった。
「わからない……」
岩永が呟いた瞬間、今まで順調に走っていた列車が速度を落とし始めた。
「ひょっとして……停まるのか?」
「うん……多分……」
しかし、さっきから建物のような物は一つもない。
ふと、一影がよぎったような気がした。
「なんかいなかったか?」
「うん……いた……」
それが何かは特定出来なかったが、はっきりと見えた。
やがて、ブレーキ音が止み、代わりにアナウンスが聞こえた。
「やみぃ~、やみぃ~……」
しわがれた声だが、張りのない声だった。
「闇? こんなに白いのにか?」
「ホームも、見えないよ?」
列車の外は全面真っ白なので、どこからホームなのか認識できない。
けれど、扉は開いている。
「降りてみるか?」
列車に動く気配は全くないので、後藤はドアに手をついてそろりと片足を探るように外に出した。
すると、少し低い所にしっかりとした地面があるのが分かった。
「とりあえず、ホームはあるみたいだぞ……」
後藤は更に足を伸ばして確認した。
「じゃあ、降りるぞ」
彼は一瞬目をつぶり、パッとドアから手を離した。
それに習うように、岩永もホームに降り立った。
見渡す限りの白。他にあるのはお互いと列車と、黒い影。
二人は無言で、手探りならぬ足探りでゆっくりとそちらの方に向かう。
ちゃんと黒い影の所までホームは続いていた。
浮かぶ様に佇むそれは、
「健か? お前健だろ?」
後藤はいつも見てきた身長とか、雰囲気からそう思った。すると、ほんの少しだけ頭部が動いた気がした。
「よかった……。……そうだ。やっぱりあんなのは夢だ。きっと」
ここに来る前に見た光景を捨てるように首を振った。
「ねえ、……あんなのって、何?」
岩永は後藤に問うた。
「いや、なんでもない。なんでもないよ」
そんな問答をしていると、目の前の黒い影が
「誰だお前ら」
と、冷静を通り越した声を発した。
二人は驚きに満ちた目を向けた。もはや二人にはこの影が三上健にしか見えてないようである。
「え? 俺だよ、俺。後藤貴志だよ」
「私は……、岩永燐子……」
「だから誰だよ」
残念ながら名前を認識していないようだった。
「は? あ、分かったぞ。お前、俺たちをからかってるだろ。……そんなことしてないで早く帰ろうぜ……」
後藤はそう判断して影の手を引っ張るが、微動だにしなかった。
「どうしてだよ。……帰りたくないのか?」
「黙れ。お前が誰か分からないのについてくかよ」
相変わらず凍った声である。しかもこの口調なのに嫌な顔もしない。
「だから、俺はお前の友達の……」
「俺の友達? ……、俺って誰だ?」
影は表情を動かさず、そんな事を言った。
「お前は……三上健だろ?」
「だから俺って何なんだ?」
まだ疑問を呈する影に、後藤は本気で分からないのだと判断し、
「えっと、お前はいつも冷静で頭よくて……服とかのセンスもよくて……」
と、指を折って三上の特徴を挙げていった。
「それで俺って何なんだ?」
「…………」
だが、いつまで経っても影は自分が何か分からない。
その様子をじっと見ていた岩永は、突然後藤の前に割り込んだ。
影の顔の辺りを掴んで、自分の方に向けた。
「…………………………好き」
少し息を詰めてから、ゆっくりはっきりと伝えた。
すると、今までほとんど動かなかった影が目に見えて動いた。
「私は、あなたが好き。他の誰よりも」
頬はほんのり赤かったが、目はしっかりと影を見据えていた。
「私、岩永燐子は、三上健くんが好き。だから、付き合ってくれませんか?」
その一言一言は、影の黒を溶かして、元の三上へと変えていく。
そして、岩永が言い終わると
「……それは本当か?」
いつも通り、聞きなれた声が聞こえた。その声色はなんだか照れくさそうだった。
「う、うん……」
「…………なあなあ早く帰ろうぜ……」
少し甘い雰囲気を見せつけられた後藤は払うように呟いた。
「全くお前ってやつは空気が読めないな」
「うるせえ。とにかく早く帰りたいんだよ」
「沙那のために」とは言わなかった。
「はいはい、分かったよ。さ、行こうぜ、燐子」
恥ずかしげに三上が差しのべた手に岩永はそっと手を乗せた。
三人はあくびをしているかのように開きっぱなしなドアに飛び込んだ。
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