第11話

ドアの先は列車の中ではなかった。

「あれ? ここは病院か?」

三人が通ったのは病院の正面入り口だった。

「それで、なんで俺はあんな所にいたんだ?」

三上は後藤たちに尋ねた。

「あのな……かくかくしかじかで……」


一連の事を三上に話すと、

「……俺は死にかけてたのか……。信じらんねえな……」

自分の傷などどこにもない正常な両手を見つめてそう言った。

「それで、沙那は……」

後藤は目をぎゅっとつぶりうつむいた。


病院ではやはり負傷者の血の臭いが漂っていた。

「…………」

三人はあわただしく動く看護師たちを前にして椅子に座っていた。

「もしかして、きさらぎって鬼の事かな」

岩永がそっと呟いた。

「あーなるほど。じゃあやみって言うのは黄泉の事か」

「黄泉って聞いたことあるぞ。確かあの世とこの世の境だよな」

「それで、切符はまだあるんだろ? 貴志」

「ああ。まだ残ってる」

後藤はポケットから古びた切符を手に入れた。

「どうする? 多分そんな怪我だったら面会とか無理だろうな…………って答えは決まってるか」

「ああ。今からきさらぎ駅に行く。沙那を助ける!」

「燐子もそれでいいか?」

「うん……大丈夫」


三人は小さな切符を指でつまみ目を閉じた。


お馴染みのこもった走行音で目が覚めた。

「前にのった奴とおんなじだな」

木造で広告などは一切ない古びた列車。

しかし、違ったのは三人が座る座席の真っ正面に一つの黒い影があることだ。

「あれは、沙那!?」

後藤は影の頭の部分の後ろに揺れるポニーテールのようなものを見てとっさに叫んだ。

でも、顔を下に向けたままなんの反応もない。

「沙那なんだろ? 返事をしてくれよ!!」

後藤は影の肩を揺さぶろうとするが動かない。

「おい待て。お前の話なら沙那は俺よりももっと酷かったんだろ? そんな揺さぶるなって」

三上が制す。

「う……そっか……」


しかし、何の反応もなく動かせないとなると三人は顔を見合わせるしかない。

しばらくうなって悩んでいると突然しわがれたアナウンスが入った。

「次はァ、ごしょう~、ごしょう~」

「ごしょう……後生……」

岩永が呟いた。

「まずい! 駅に着いたら終わりだぞ。おい貴志! 列車を止めに行くぞ!」

「あ、ああ!」

後藤は正気を疑ったが、沙那を助けたい一心で先頭へと駆けていった。


「どうやって止めるんだ?」

「多分、普通の列車とおんなじようにブレーキをかけられるはずだ」

先頭の古ぼけたドアを蹴り開けると、無人の運転席があった。

メーターは勝手に動き、アクセルは全開だった。

「それで、これを押すんだな?」

後藤はマスコンハンドルに力を込める。

「んぎぎぎ…………!」

顔を真っ赤にして押し出しても見えない力が阻止してしまって動かない。

「はあはあ……動かねえよ……」

今度は二人で押してみる。

「「はあああああぁぁぁぁぁ…………!!」」

「くっ、動かねえな……」

三上が力を緩めかけた時、後藤は叫んだ。

「大事な、沙那を、死なせてたまるかあああぁぁぁ!!!!」


ハンドルはガリガリ言いながら前に動き始めた。

後藤はそのまま押しきり、列車は非常ブレーキがかかって甲高い摩擦音を響かせて、止まり始めた。

「やったぞ!」

ほどなくして列車は真っ暗なトンネルに停車した。


「さて、どうするんだ?」

「ねえ……逆方向に走ったら……どう?」

すると、後ろから声がかかる。急ブレーキの時にコケたのか服が少し汚れている岩永だった。

「確かに……、つきのみや、きさらぎ、やみと来ているのなら、ごしょうの反対側は現世だろうな」

「うん……」

岩永は嬉しそうだった。

「よし、方向転換レバーを変えて、マスコンを手前に引いてっと……」

列車はガシャリと言う音ともに真後ろに向かって動き始めた。


列車は後ろに全速力で動いている。

三人が、本当に合っているのか不安になって顔を見合わせようとすると、窓という窓から白い光が差し込んできた。

「よっしゃあ!」

後藤は三上たちとハイタッチした。

どこにホームがあるのか分からないが、やみ駅であろう。

しばらくすると、列車はもう一度トンネルに潜る。


少し長めのトンネルを抜けると、わずかな家と大量の木が見え、コンクリートのホームが。きさらぎ駅である。


再度トンネルに潜り、そして抜ける。

そこは太陽がないのに薄明かりに包まれたつきのみやだった。

「さ、そろそろブレーキだな」

後藤はゆっくりと減速をかけていく。

ガクガクと唸る列車。

後端にいるので、どのぐらいで駅に着くか分からず、かなり手探りな感じのソロソロさで走る。

視界の端にプラットホームが見えた瞬間、思いっきりマスコンを押し出す。

そして、その力を反動させて後藤は走り出す。

「沙那、沙那ッ!」

一両、また一両と抜けていく。


「沙那!」

そして、何両目か抜けた所に、彼女はいた。その姿は黒い影なんかじゃなくて、輝く栗色の髪、長いのまつげ、太陽色の服。間違いなく村田沙那だった。

船をこいでいる村田を後藤は優しく揺り起こす。

「……ん、ん~、うーーん……」

村田は大きく伸びをしてその大きな瞳を目の前の後藤に向ける。

「……どうしたの? タカシ」

「沙那!」

その元気そうな声に思わず後藤は華奢な村田の体を抱きしめていた。どこにも怪我などなかった。

「!!??」

「よかったぁ~~。ホントによかったぁ~~……」

目覚め直後に抱きしめられて戸惑う村田だが、何となくその腕が心地いい気がして、そのままにした。


少し間をおいて尋ねた。

「何かあったの?」

「まあな……。こんなボロっちい列車なんて降りてさ、帰ろうぜ。話はそのあとにしよう」

後藤が振り返ると、ニヤニヤ笑った三上と岩永がドアの向こうに立っていた。

「………………おう」

後藤は消え入りそうな声で返事をした。


四人は薄明るいつきのみやの駅を歩く。乗り換え先はもう決まっている。

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