第9話
ゴォォォ━━━━
後藤は籠った走行音で目が覚めた。
目を開けると、外はやはりトンネルの中だった。しかも、乗っている電車はちゃんとあの古ぼけた木造の車両だった。
(よし、成功だな……)
なんとなく切符を見てみると、そこには『当駅発→やみ駅行き』と書かれていた。
「やみ駅ってどこだ?」
この路線にどうやらきさらぎ駅はあるらしかったが、やみ駅という駅名は聞いたことがなかった。
「あいつらもこの列車に乗ってるのか?」
後藤は古びた床を軋ませながら前の方から調べる事にした。
「誰も乗ってないのか?」
後藤の車両もそうなのだが、気配が全くと言っていいほどしないのだ。
前に来たときは黒い影がたくさんいたのに、一人だった。
「運転士も車掌もいないな……」
相変わらず運転士と車掌などはおらずこの列車はどこかに向けて勝手に走っているようである。
その"どこか"が分からないのが怖い。
「どこに……どこに行ったんだ?」
後藤は頭を抱えた。
「沙那……健……燐子……」
名前を呼ぶたび、友人たちの無惨な姿が頭の中を真っ黒に染めていく。
それが列車の外のトンネルと同じ暗さになった頃、電車が突然減速を始めた。
「どこかに停まるのか?」
けたたましくレールをこすっていくと音とともに、トンネルは途切れた。
「外だ。…………ん? ここって……」
外に広がる景色に既視感を覚えると、聞き覚えのあるアナウンスがした。
「まもなく、きさらぎ、きさらぎィ~~」
前回と不気味さも全く同じアナウンスにもはやホッとしてしまう後藤。
電車は以前と同じ割れに割れたコンクリート造りのさびしい駅に停まった。
「…………」
乗る者も降りる者もいない。開いた扉は夏の暑い風を通しているだけだった。
後藤は扉が閉まるのを待っていたが、いつまでも閉まらない。
「……なんで閉まらないんだ? 人なんて誰もいやしないのに………………!! あれは……」
外を見つめると、伸びる列車の先に寂しいホームにたった一人ポツリと立っている人がいた。
後藤はずっと間抜けに開いている扉をチラリと見ると、その人影へ走った。
「岩永! 岩永!」
後藤は白いワンピースの少女に向かって叫ぶ。
「……あれ……? 貴志くん……?」
岩永は白い顔をこちらに向けた。
「……私、なんでここに……いるの?」
その視線は風が吹いているくせに時が止まった様なきさらぎ駅を見回していた。
「さあ?」
後藤は、なんでいるのかなど考えようもなかったので首を傾けた。
急に発車ベルが鳴った。
「!!」
その音とともに、腕を引っ張ったのは岩永だった。
「うわっ! ど、どうした!?」
急に引っ張られたのと、岩永の力が細い腕からは想像できないほど強かったので、後藤はされるがまま列車の方へと引きずられていった。
後藤の足に閉まりかけたドアが触れそうになる。
「…………」
二人はガクガクと動き始めた列車の中で顔を見合わせた。
「……どうして引き込んだんだ?」
「分からないよ……。……なんとなく、この列車に乗らなきゃいけない……って思ったの……」
「そっか……」
二人ともよく分からない状況にうつむくしかなかった。
顔を上げると、きさらぎの町並みというには寂しすぎる景色を映すドアが目に入った。
そのドアはいくら木造でボロ臭いからと言ってたかが小学生には壊せそうにもなかった。
「まあ、降りれないから乗ってくしかないよな……」
岩永もうなずいた。
二人がギシリと音を立てて座席に座った瞬間に車窓の明かりは途絶え、また長そうなトンネルに入った。
先程よりも、より強い「無」が辺りを支配する。二人以外には何もないのだ。
その無に押されて二人は黙るしかなかった。
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