第3話
「あれ……ここはどこだ?」
気を失っていた後藤が目を開ける。ぼやけた視界に映るのは……
(トンネル?)
いや、それはおかしい。双川から堀江の間にはトンネルなどどこにもない。
しかし、外は真っ暗な上、この耳障りな籠った音はトンネルのものだろう。
だんだん意識がはっきりしてくる。
「あれ? 岩永?」
隣に座っていたのは岩永だった。視線をずらすと三上と村田も座っているのがわかった。
(……ん? 座ってる? なんで座っているんだ?)
ついさっきまで立っていたはずである。しかも、四人はそれぞれ隣の席に座っている。
(それに……なんだかガラガラじゃないか?)
ギュウギュウ詰めだったはずの車内には自分たち四人しかいなかった。
「気配はするんだけどな……」
人はいなくても、あちこちから身の毛を逆立てるような気配を感じる。しかし、感じる方向に目を向けても何もいない。
(ていうか、ここどこだよ……?)
そう思って、ドアの上の電光掲示板を見ようとするが、
ない。
パネル式ならず、横流し式のすらも。
「は? な、なんでないんだ? …………あれ? こんな電車に乗ってないぞ……」
驚きながら周りを見ると、電車は白をふんだんに使ったモダンなやつではなく、どこかしこを見ても木でしかない古くさいものに変わっていた。
そしてその瞬間、
「ワアッ! な、なんだ? この黒い影……」
先程まで感じていた気配が黒い影となって実体化する。
「…………ヒイッ! ひ、ひひ人の顔……」
目を凝らすした先、黒い影の上の方にはモザイクがかかった人の顔があった。
そいつらは四人に気づいた訳でもなく、ただ蠢いているだけぽかった。
(こっちに気づかないのか?)
さすがに触るのはためらわれたが、何度か影に話しかけてみて、なんとなくそう感じた後藤は他の三人を起こしてみる事にした。
「おーい、健」
こういう時に一番頼りになるのは物知りな三上である。
しかし、三上は身じろぎ一つせずに死んだように眠っている。
何度揺すっても嫌がる素振りさえ見せない。
「くそっ、起きねえ……」
次は、村田を起こしてみる事にした。好きな人の肩に触れるのは少し恥ずかしかったが、緊急事態である、そんな事も言ってられないだろう。
「おーい、起きてくれよ。沙那」
揺すってみるが、三上と同じで一切の反射がない。まるで死んでいるかのように。
(まさか、死んでいるのか?)
なので、後藤は村田の細くて白い首元を触ってみる。
その手の中にはしっかり温もりが残った。
「おーい、燐子? 起きてくれよ……」
揺すってみると、
ピクリ
「!!」
確かに体が後藤の揺すりに反応していた。
揺すり続けてみると、
「…………ぅ…………んんっ……」
ゆっくりと目を覚ます。
「お、起きたか!!」
心細かった後藤は思わず岩永の手をつかんでいた。
「うーん…………誰……?」
完全には目を開けていない岩永が目の前の者に向かって疑問を投げる。
「俺だよ、俺。後藤貴志だよ!」
「あれ? お母さん? 」
岩永はとぼけたようで、しっかりとした声を発した。
「な、何を言ってるんだ……? 俺は後藤、貴志だぞ?」
訴えかけるように言うが、
「……え? おばあちゃん……、なんで、いるの?」
驚愕に目を見開いている岩永と後藤。
「お、おい……しっかりしろって。お前のばあちゃんもう死んでるんだろ? いるわけないじゃないか……」
(俺をからかってるのか? いや、燐子はそんな事しないぞ……じゃあなんだ。幻覚でも見てるっていうのか?)
「そう、だね……もう行かなきゃね……」
「どこに!?」
立ち上がろうとした岩永を押し留める。
すると、
「つきのみやァ、つきのみやァ~」
という聞き慣れないしわがれたアナウンスが聞こえた。自動音声なんかではなく、生声で。
「つきのみや? ど、どこだよそれ……」
ついでに十二年生きてて一度も聞いた事のない駅の名前。
ガクンという音ともに列車は止まり、ガラガラといういかにも古いですとでも言いたげな音を立ててドアが開く。
「お、おい……どこに行くんだよ」
ドアに吸い込まれるように岩永が歩いていく。三上と村田も目を閉じたままゆらゆらと歩いていく。
「おい、待てって……」
まるでゾンビが行進しているかのように歩いていく三人に声をかけるが振り向きはしない。
仕方ないので、後藤は列車を降りる。
駅は青い霧に包まれていた。いや、正確にはまるで暁の陽がさし続けているような感じなのだ。なので、太陽を探して見るがどの地平線も同じ明るさなのだ。太陽はなさそうだった。
じゃあ、光源はどこにあるのかというと……駅の灯りではなかった。つまり、この駅全体が薄明るい光で満ちているのだ。
四人は列車の先頭に乗っていたようで、その列車の線路はすぐ手前に車止めが置かれていた。
ホームには階段が一切なく、先ほども見た黒い影たちの間をすり抜けて岩永たちはゆっくりと対岸に停まる古びた列車の方に歩を進める。
「止まれ、止まれって! お前ら絶対おかしいって!」
その悲痛な叫びは周りの山に響きすらしない。
三人の腕を引っ張るが逆に引きずられてしまう。
そして、四人は遂に対岸の列車のドアの口にたどり着いてしまう。
「扉が閉まります……ご注意下さい」
なぜか悲しげなアナウンスは、四人の退路を、絶った。
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