第2話

二日後。

「はぁ~、まだこねえなぁ~」

青い短パンと緑色の半袖シャツを着た後藤は何度目かのため息をついた。ちなみに、全くデート臭がしないのは後藤そのものにデート服という発想があんまりないというのと、彼の母親がこんなことでは新しい服を買ってくれないという問題があったからだった。中学生のお小遣いは少ない。

なので、できるだけカッコいい服を厳選したのである。しっかり帽子もかぶって。

「ん~、やっぱりこねぇなぁ~」

誰も来ないので暇な後藤はのびをした。

ちなみにまだ、三時半を過ぎたばかりである。

顔を上げてみると、そこには見慣れた双川駅のロータリーが見える。円形に敷かれた道路の中心には、草に包まれた不思議な銀色の円錐がある。四方八方に延びる道からはひっきりなしに車がやって来て去っていく。駅前のビルのどれよりも高い所で輝いている太陽……。

後ろを見れば、柵の向こう側には長塚線の青い列車が双川駅に止まったり、通過したりを繰り返している。後藤は三上がこの前新しい車両が導入されたと言っていた事を思い出して、目の前に現れてくれないかと探してみる事にした。

しかし、長塚線はそんなに本数がある訳ではなく、五本目を見送ったあたりで無地の白いシャツの上に緑と黒のチェック柄の上着を軽く羽織った少年が目に映った。

「よう。相変わらず早いなあ、お前は」

そう言って笑うのは三上。やはり全身かっちりきめてきたので、THEルーズな後藤と対照的になっている。

「そしていつも通りの服装だよな」

「なんだよ……」

「ははっ、別にいいんじゃないのか? お前らしいと思うぞ」

そう指摘されてムッとする後藤。

そんな二人に

「二人とも……早いね……」

と声がかかる。

そこに立っていたのは、岩永。純白のワンピースと麦わら帽子が黒い髪によく映えていた。

「おっ、中々可愛いじゃんかよ、貴志とは違って」

「うるせっ」

ぷくくっと馬鹿にしたような顔で言う三上。

それに対して蹴るようなフリをする後藤。

そのシルエットに赤を加える岩永。


その後、今日の花火大会は混むかだとか向こうで何が売っているだろうかとか他愛ない話をして、村田を待っていた。

「遅いな……」

三上がふと漏らす。待ち合わせ時間を十五分過ぎた所だった。まあ、待ち合わせはいつもこんな感じなのだが。誰よりも早く来ようとする後藤、それを知って適当な時間に来る三上、その三上が来た後にやって来る岩永。そして図らずも、早く設定しすぎる集合時間を調整する村田。


三人は村田が来るであろう右の道を見つめていた。

すると、帽子を被った少女が全力疾走してくるのが見えた。

三人がそれを見守る中、一回信号に引っ掛かってゆるい太陽色のトップスを揺らして三人の前で急ブレーキをかける。

「おまたせ~!」

おでこに手を当てて言う村田。ショートパンツとブーツの組み合わせがそのポーズにバッチリきまっていた。

「おそいっつーの」

その様子に、ドキリとする後藤は照れ隠しで文句を言ってみる。

「さ、行こうぜ」

さりげなく後ろに手をやってみる後藤だが、さりげなさ過ぎたのか誰とも繋がらなかった。


機械的な案内音と共に手早く切符を買っていく。ついこの前まで子供料金だったのが懐かしい。

堀江に行くのは二番線ホームだ。

16:55発 各駅停車弥生行きと表示されているのを確認して、ホームに降りる。

「お、いい感じに乗れそうだな」

乗り逃がすと、十分程待たなくてはならないこの路線に置いて三分程で乗れるのは素晴らしいことだった。

「もしかして、ウチのお陰?」

冗談半分で言ってくる村田に対して、

「うーん……」

肯定するか否定するかで悩んでしまい曖昧な返事を返す後藤。


階段の都合上、かなり前の方にいる四人は、

「どうせなら一番前に乗ろうぜ?」

という三上の提案により、一番前の乗車口に並ぶ事にする。

遠くに見えたヘッドライトが大きくなり、青い帯を巻いた列車が自分たちの目の前ピッタリに停車する。

「お、新型車じゃん」

確かに、いつも見る銀色の古くさいやつではなく、黒色のカッコいいやつだった。

「今日は……いいこと、あるかもね……?」

岩永は三上の目を覗くようにして言った。


「うぐっ、やっぱり混んでるなぁ」

四人はもみくちゃされていた。堀江の花火大会はこの地域でも最大のものらしく、色んな人が見に来るのだ。そして、電車の本数が少ないことも手伝って押し潰されるかのような混雑さを生み出しているのだ。

「そうだね……」

後藤のすぐ隣にいる村田は苦しそうにそう言った。というか、密着しているので柔らかくて細い体がよく感じられてしまい、後藤の心臓が早くなる。しかも、それも村田に知られてしまうかもしれないという思いがさらに拍車をかける。


早く離れたいというのとずっとこのままでいたいという気持ちがない交ぜになるなか、


隙間から前を見ていた三上が


「あ……」

と声を発し、眼鏡の奥の瞳が見開かれるとともに、


ガゴォォォォンン!!!!


時速八十キロメートルが一気にゼロになる。

「ギャーーーーー!」

車両の前に叩きつけられ、悲鳴が鳴り響く中、光と衝撃が包み込む。


ドオオオオオオオオオンンン!!!!

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