そしてきさらぎ駅
M.A.L.T.E.R
第1話
「なあなあ、夏休みどっか行かないか?」
夏の暑さにうんざりして最近髪を短く刈り込んだ後藤貴志は、夏でもフォーマルな服装を崩さない三上健にそんな提案をしてみた。
「うん? 別にいいけどさ……どこに行こうって言うんだ?」
二人とも中学一年生なので、夏休みといえば半分以上は暇なのである。後藤は中学で新しく出来た友達と遊ぶ事も考えたが、やはり幼稚園の頃からずっと一緒の幼なじみと遊びたいという気持ちもあったのだ。
「というか、お前はとっとと沙那に告った方がいいんじゃないか?」
三上はニヤリとしながら言った。
「バッ、お、おまっ、こんなとこで言うなっつーの!」
後藤は慌てて三上の口を抑える。
「そんな事言ったって、気づいてるやつは気づいてると思うぞ?」
「え? え、なんで?」
「だってお前、沙那と話すときだけ視線おかしいし、声もだけど。だから、沙那も多分気づいてるんじゃないのか?」
「マ、マジで!?」
「自覚していなかったのかよ……」
指摘されて驚く仕草を見せる後藤に、ずり落ちた眼鏡を直す三上。
「まあ……遊びに行くというのはいいんじゃないのか?」
「だろだろ!?」
机をバシバシ叩きながら言う後藤。
「ほら、去年まではこの双川市から出た事なかっただろ? だからさ、今年はもうちょっと遠いとこまで行こうぜ?」
目を輝かせる後藤。
「それなら……花火大会とか……どう?」
その音に反応してやって来たのは、同じく幼なじみの岩永燐子。セーラー服の黒いリボンからテンポよく襟そして長い髪へと繋がっていくのが印象的な少女。スカートもギリギリまで伸ばしてある。
「花火大会?」
岩永の言葉に反応して、聞き返す後藤。
「ああそうか……花火大会。確かにいいかもしれないな」
「どこでやってるんだっけ?」
「五駅先の……堀江で、来週の日曜日の六時から……」
「なるほど……どうだ貴志。花火大会」
「ああ! それがいいな! よし沙那も呼んでくるぜ!」
そう言って走り去っていく背中を見送った三上と岩永は、
「今度こそ、告ってくれよ……」
「うん……」
と、両手を祈るように握った。
「ところで、どうして花火大会にしたんだ?」
手持ちぶさたになった三上は岩永に訊いた。
「えと……デートとか、告白とかに……いいらしいから……」
「なるほどね。燐子のそういう所、さすがだよな」
三上がさりげなくほめると、
「えへへ……そうかな……」
岩永は誰にも気づかれないようにして、頬を赤く染めた。
一方の後藤はウキウキしながら歩いていたが途中で、
(そういえば、花火大会って結構なデート場所らしいよな…………も、もしかして告白出来ちゃったりして?)
と気づいた。
そんな事を考えてしまったので、後藤の頬もしっかり赤くなっていた。
少しボーッとしながら廊下を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「あれ、タカシだ」
「うわあっ! ……び、びっくりしたぁ~……」
び、びっくりして後ろを振り返った。
すると、後藤の視界に屈託のない笑顔が映る。この笑顔は、後藤のハートを何度も射ぬいてきた猛者である。
「大げさだな~。……ひょっとして私に用だったりする?」
栗色の髪の毛を揺らしてピタリと言い当ててみせた。
「あ、ああ……。えっと、なんだっけ……? あ、そうそう……花火大会だ!」
慌てて言う後藤に小首をかしげているこの女の子は村田沙那。三人目の幼なじみにして、片思い相手でもある少女である。流れるような栗色の髪は赤いヒモで後ろでくくってある。夏のセーラー服も岩永とは違って、白がまぶしく映る。
「ほ、ほら、来週の日曜日の夜にやるんだってさ。それで……その……一緒に来てくれないかなって……」
弱気な調子で、指をいじりながら言う後藤。
「もちろん! 私も行くよっ!」
後藤は、村田の元気はつらつな声に小さくガッツポーズをとる。
「んじゃ、後で何時集合か決めるぜ」
行きよりも高くスキップしながら後藤は家に帰った。
校長先生の長いお話が予想通り、熱中症患者を出した終業式の後──
「そんじゃ、明後日の四時半に双川の駅前に集合な」
夏休みへの期待を抱いた三つの顔を前にしてそう告げる後藤。
「ああ、混むだろうからな」
うなずきながら言う三上。
「うん……がんばって……」
小さく応援する岩永。もっともそれは後藤の頭を混乱させるだけだったが。
「オッケー!」
親指を立てて言う村田。
四人の思いは花火大会に向けられていた。
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