廃墟で吼える首無騎士②


――仕方無イジャナイカ、俺ハオ前ラミタイナ才能ガ無イ……――




 大太刀が、妙に重い。構え直そうとして失敗し、ホムラは思わずその場で膝を突いてしまった。大太刀だけじゃない。頭が、肩が、両腕が、妙に重い。まるで何者かがホムラの魂を捕まえて、地の底へ引き摺り落とそうとしているかのようだ。何とか敵を捉え続ける視線の先では、人面の大盾が口の両端を吊り上げるのが見えた。




――才能ニ、助ケラレテイルダケノクセニ……――




 巨体に見合わぬ身軽さで、首無騎士が跳んだ。構え直すのを即座に諦め、ホムラは全力で横っ飛びしてその場から離脱する。身体に掛かる謎の重さの所為で、思っていたよりも距離は稼げなかったが、それでも敵の攻撃は――落下に同時に振り下ろされた大盾の打撃と、本体による踏み付けは――ギリギリかわす事が出来た。




――俺ダッテ、コンナニ努力シテルノニ……――




 とは言え、それは本当にギリギリの差だ。首無騎士の間合の外まで逃れ出るには、到底足りない。


 首無騎士が振り返る。振り向き様に薙ぎ払われた大盾を、更に跳んでかわす。踏みつけが、盾の打撃が、連続して、矢継ぎ早に、交互に、時には同時に、襲って来る。体勢を立て直す隙どころか、息を吐く暇すら無い。技も理も無く、とにかくその瞬間その瞬間において使えるものを全て使い、出しきって、敵の猛攻から逃れ続ける。


 逃げ回る内に、広間の中央付近にまで移動していた。其処は巨像の一体が剣を捨てた場所で、今も無骨な巨大な長剣が無造作に転がっている。


 ……根拠は無いが、という感覚があった。




――止メロ! ソンナ目デ見ルナ……!




 首無騎士が、床に転がっていた剣の刃先を蹴飛ばした。それは勢い良く回転し、床に居るモノを瞬く間に輪切りにする惨殺器具と化した。今の状態では止められかどうか自信が無く、堪らずホムラは跳躍し、惨殺器具の範囲外へ逃れ出ようとする。


 きっと、首無騎士はそれを待っていたのだ。


 ホムラが宙に逃れたその瞬間、奴は回転する剣の中に足を差し込み、脚甲でその回転を受け止める。そのまま、足の甲で掬うようにその剣を蹴り上げ、空いた片手に装備すると、悠々とそれを大きく振りかぶった。


「――!!」


 畜生、そう来る予感はしていたのだ。


 詰んだ状況を打開するのは即座に諦め、ならばせめてその状況を生き延びる事に思考をシフトさせながら、ホムラは歯を喰い縛り、剣が落ちてくるであろう方向に大太刀を構える。


 規格外の大きさと重さを誇る鉄塊が落ちてきたのは、正にその直後の事だった。




――嗤ウナ! 嗤ウナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!




 抵抗なんか、殆ど出来なかった。振り下ろされた敵の剣に打ち落とされて、ホムラの身体は虫ケラの如く地面に叩き付けられる。大太刀のお陰で身体を曳き潰される事こそ無かったが、自身が掲げた大太刀を限界まで押し込まれ、それが身体にめり込んだ。防御したダメージと、床に叩き付けられたダメージ。一瞬で死に体にまで追い込まれた。


 更に悪い事には、首無騎士は此処で勝負を決めるつもりなようで、倒れたホムラの上に更に剣を連続して打ち下ろして来たのだった。何とか大太刀を掲げて防御するものの、一撃ごとに自身の身体へ防御の大太刀をめり込ませ、意識がどんどん朦朧とする羽目になった。


(く、そ……!)


 効果を上げない攻撃に飽きたのか、それとも単に疲れたのか。首無騎士は唐突に剣による連撃を止めて、代わりにホムラの身体をボールのように蹴り跳ばした。何の対処も出来ず、塵屑のように宙に舞ったホムラは、やがて壁に叩き付けられ、広間の隅の地面に落ちる。


 今の一瞬で、ホムラの身体はになった。最早戦うどころか、立つのも、息をし続けるのも難しい。散々大見得を切っておいてアレだが、どうやら自分は、此処までのようだ。


「……」


 それでも尚、立ち上がろうとしたのは、やっぱり助けたかったからだった。クラウスは今も救われていないままで、ホムラは。だったら、此処でこのまま静かに死を迎え入れる訳にはいかない。生きているなら、その最後の最後まで、自分が決めた事をやり抜く。それがホムラの在り方だ。


「お……――」


 既に、視界は真っ暗だ。激痛が全身に巣食って通常の感覚は麻痺し、自分が今、どのように身体を動かしているかも定かではない。


 力が欲しい。死ぬなら死ぬで構わないが、せめて彼を救ってから死ねるだけの力が欲しい。


 


 このまま誰も守れず、誰も救えずに、一人のうのうと死んでいくのなら、自分は一体何の為に生きてきたのか。


「お、お……――!!」


 腹の奥から、声を放り出す。俺はまだ生きているんだと身体に言い聞かせる。


 大太刀を握っているであろう掌に、力を込める。俺はまだ何も成していないじゃないかと自分自身を叱咤する。


 遥か遠くで、首無騎士が吼える声が聞こえた。きっと彼は今も苦しんで、それはホムラも無関係でなくて、


 だから助けなければ。守らなければ。


 筋を、通さなければ。



 

「――――――――――」





 其処で。


 ホムラの意識は無間の闇に落ちていった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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