廃墟で吼える首無騎士①

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 小兵が巨漢に勝つ物語は、良く持て囃される。だが所詮、それは作り話だ。巨漢に勝てる小兵が居ないとは言わないが、それは小兵が相当な豪傑か、巨漢がよっぽど愚鈍であるかのどちらかだろう。通常、小兵は巨漢に絶対に勝てない。大きさが違えば重さが違う。軽いモノの攻撃は重いモノに通りにくいし、重いモノの攻撃は軽いモノをいとも簡単に吹き飛ばす。武器を駆使し、急所を狙っても、それでも大きさの差、重さの差が無慈悲な補正をもたらす事がある。


 デカいと言うのは、それだけで強力なアドバンテージなのだ。それが人間と巨人程の差ともなれば、尚更である。


「ハシャぐ、じゃねぇの……!」


 嵐の中に飛び込んだ気分だった。脚甲で固められた爪先が、大気の壁を蹴破り、回避したホムラを掠めて突き抜けて行く。鉄槌の形をした暴虐が何度も何度も振り下ろされ、ホムラが居る周辺の床を纏めて爆砕する。


 飛び散る破片は、小さなものは弾丸で、大きなものはちょっとした砲弾だ。てんでバラバラに飛び散るそれらの軌道を一瞬で読み取り、疾駆し、跳躍し、時には大太刀を繰って致命傷を避けても、次の瞬間には鉄槌の追撃が降って来る。元々は巨像が持っていたそれの一撃は、今は巨像に振るわれていた時よりも遥かに強力だ。ただ力任せに振り回しているのではない。打撃の"芯"がしっかりしているのだ。


 こうなると、芋虫女や人面獅子の時のように、打撃を大太刀で受け流すなんて芸当は不可能だった。下手に受ければ、そのまま防御ごと叩き潰される。しかし鉄槌は巨大で、それが振り回される速度は豪速だ。回避行動のみで逃げ回るのも至難の業だった。


 だから、自身を中心に据えて攻撃を受け流すのではなく、敵の一撃を中心に据えて防御法を採った。全身と大太刀を一体化させ、潰しても潰れぬ液体のようにぬるぬると動き回って、鉄槌を捌く。直後に飛んでくる蹴り飛ばしや、飛び散る破片にも対処せねばならない。必然的に運動量は劇的に跳ね上がる。防戦一方だった。


(隙が、無ぇ……!)


 距離を取っても意味が無い。ホムラが懸命に跳び、走っても、敵は只の一歩でその差を埋める。足下に潜り込んでも意味が無い。敵が足踏みすればそれだけで、その場所はホムラにとって危険地帯だ。


 おまけに敵の鎧が、これがまたに固いのだ。既に何度か、決死の思いで敵の攻撃を潜り抜け、足首に大太刀の一撃を叩き込んでいる。にも関わらず、相手は一瞬硬直するだけで、全然応えた様子が無いのだ。クラウスにとっての理想は、そんなに脆いものではないという事だろう。考えてみれば当たり前の話ではあるが。


「くそ……!」


 破片を避けて不用意に跳んだ所へ、蹴りが来た。破城鎚そのものの迫力で迫って来る爪先に胆を潰しつつ、咄嗟にホムラは大太刀を振りかぶり、迎撃するように叩き付ける。


 当然ながら、力で勝てる訳が無い。ホムラの身体は木っ端の如く弾き返され、広間の壁まで一直線に飛ばされる。


 だが少なくとも、致命傷を貰う事だけは回避出来た。兎に角頑丈な自らの剣に感謝しつつ、ホムラは即座に身体を捻り、空中で体勢を立て直して壁に


 地響きを立てて追い掛けて来た首無騎士が、鉄槌を槍のように突き出して来たのは直後の事だった。壁に着地していた時点で構え直していた大太刀を鉄槌の頭に叩き付け、鉄槌を支点に自らの身体を宙へ踊らせる。壁が破壊される轟音を聞きながら、宙で一回転して体勢を立て直し、鉄槌の柄に着地。そのまま柄の上を疾駆して、首無騎士との距離を一気に詰めに行く。


 『オオ……ッ!!』


 首無騎士は、即座に反応した。得物を上に跳ね上げて、その上に居たホムラを空中に放り投げようとしたのである。


 だが、ホムラの方が僅かに早い。足場を蹴って自ら跳躍し、首無騎士の肩に着地する。その際、大太刀を着地と同時に叩き付けてやった。両断するつもりで放ったその一撃は、しかし、精々その巨体を軽く揺らがせた程度だった。


「チィ……!」


 ホムラの存在に気付いた首無騎士が、大盾を装備した腕で自らの肩を殴り付ける。蚊を叩き潰すような投げ遣りなものだったが、黙って喰らえばそれこそ蚊のように叩き潰されるのは避けられない。堪らず跳び上がり、ホムラはその場から離脱する。


 そこを狙われた。



 ――吽ッ!!



 肩を叩いた首無騎士の腕が、返って来る。斜め上へ跳ね上げる裏拳として、より正確にはその腕に装着された大楯の強打バッシュとして、滞空中のホムラに襲い掛かってくる。


 回避は無理だ。ホムラに翼が無い。体重移動をフルに活用すれば多少の移動は可能だが、その程度、規格外の巨体から放たれる規格外の攻撃には意味を為さない。


 黙って喰らうのも有り得ない。どんなに運が良くても潰れて死ぬだろう。踏み締める足場が無ければ、受けの性能も半分以下だ。文字通り防御ごと叩き潰される。


 だから、さっきからずっとそうしているように、ホムラには攻撃しか無いのだった。身体を捻り、重心を振り回して横に一回転。踏み締める足場が無い代わりに加速を味方に付けて、大楯強打バッシュの衝撃を相殺するべく大太刀を大楯に叩き付ける。


 雷の破音に近いような、そんな大轟音に呑まれるような感覚を味わった。聴覚も、触覚も、意識ですら轟音に呑まれ、


「――!?」


 気が付けば、その場から弾き飛ばされている最中だった。弾き飛ばされた瞬間の記憶が無い。ほんの一瞬の間だけとは言え、気絶してしまっていたのか。


 愕然としながらも、身体は動く。脱力し掛かった身体に活を漲らせつつ、もう何度目になるか分からない体勢の立て直しを図る。重力に引かれて着地し、大太刀を首無騎士に向かって構え直す――前に、横っ飛びに其処から離脱した。一足跳びに距離を詰めて来た首無騎士が、ホムラの着地に合わせて鉄槌を振り下ろして来たからだ。何とかその一撃は回避出来たが、首無騎士は巨大で、その間合も長大だ。叩き付けた鉄槌を、床を削るように薙ぎ払って追撃してきて、ホムラは更に回避行動に専念せざるを得なくなった。

 

 追撃。追撃。連撃、猛撃。


 重装の巨体に長柄の鉄槌、大盾という超重量な見た目で在るにも関わらず、首無騎士は鉄槌の頭だけに限らず柄の先端や足技、盾による強打や咆哮に衝撃まで駆使して来て、ホムラに息吐く暇を与えない。サイズ差に違いが有り過ぎて、一撃捌くだけでも運動量は馬鹿にならず、精神的な負担も凄まじい。これまでに無い消耗度合いだった。


「――すー……」


 このままでは、勝てない。このまま雪崩に呑まれるように猛攻にし潰されて、それで終わりだ。


 そんな事は分かっている。ただデカいだけのヤツならともかく、相手は堅固な鎧を着込み、高い白兵能力を有している。理由さえ無ければ今からでも尻尾を巻いて、この場から逃げ出したいくらいだった。


「――はー……」


 勿論理由があるから逃げる訳にはいかない。それに、ホムラとて何の勝機も見出していない訳じゃなかった。


「……こぉぉ……」


 鉄槌をの頭を跳んで躱しつつ、呼吸を意識。踏みつけが来る事を察知して、逆に相手の足下の安全圏へ走り込む間にも、呼吸を意識。


 奇妙な悪夢を見て以来、頭から離れない奇妙な呼吸。それをトリガーに引き起こされる、身体に何かが嵌まる感覚と強力な斬撃。監視塔の天辺で芋虫女と戦った時、確かに何かを掴んだような感覚があったのだ。あれをもっと完璧な形で、自在に引き出せたなら、首無騎士に効果のある一撃を繰り出せるかもしれない。


 最初は過多な運動量と余裕の無さの所為で、乱れがちだった。暴れる心臓を捻じ伏せる心境で呼吸の間隔を制御し、一定のリズムを刻んでいく。


 先ず、音が遠退いていった。


 次に、世界そのものの輪郭が曖昧になっていった。


 聞こえるのは、自身の心臓の音。それから一定のリズムで繰り返される、自らの呼吸の音。


「こぉぉ――」


 やがて、がやって来た。


 その瞬間のホムラは余裕があった。首無騎士の追撃が僅かに遅れたのかもしれないし、無意識の内にホムラが首無騎士の行動を誘導し、理想の環境を作り上げたのかも知れない。


 兎に角、その時のホムラには大太刀を構え直す余裕があった。刺突の構えを取ったホムラの視線の先で、首無騎士は鉄鎚を、愚直に真上から振り下ろして来た。大気の壁をブチ破らんばかりの豪速である筈なのに、ホムラにはそれが、やけにゆっくりに感じられた。


彼処あそこか)


 


 頭上から徐々に迫ってくる、鉄鎚の頭のとある一点。大太刀の鋒の向きを調整し、ホムラはそれが自らの間合いの内に入ってくるのを待つ。身体は自動的に呼吸を刻み、それを媒体に"何か"が身体の中を駆け巡っていく。


 鉄槌は最早、ホムラの視界を覆い尽くさん程までに迫っていた。が、不思議と恐怖は無い。気持ちは驚く程に凪いでいた。


 鉄鎚の頭が、間合い内に入る。


 静かにたわめていた全身のバネを、一息に弾けさせるような感覚だった。


「――破ッッ!!」


 突くのではなく、刺すのでもない。大気を穿つ、とでも表現すればいいか。

 

 叩き潰さんと迫ってきた鉄鎚、その一点を、ホムラの大太刀は正面から迎え撃った。大気の壁を突き破る異様な破音と共に、黒々とした巨大な鉄鎚と衝突し、そして、


「――――!」


 。圧倒的な密度を誇る質量の、僅かに弱い部分。穿撃の衝撃をその一点に無理矢理通し、飽和させ、内側から破壊した。と、大体そんなイメージだろうか。圧倒的な質量と剛性を誇る鉄塊が、甲高い残響音を内包した独特な轟音と共に砕け散っていく。 


 飛び散る鉄槌の破片。その隙間を擦り抜けるように、ホムラは床を蹴って前へ出る。


 攻撃手段の一つは破壊したが、それだけだ。クラウスを覆う願望の鎧を破壊しないと、この戦いの意味は無い。今、奇妙な呼吸法について何かを掴み掛け、ホムラは最高に勢い付いている。ならば、下手に息を吐かずに畳み掛けるべきだ。


「――疾ッ!!」


 するすると滑るように詰め寄ったのは、相手の足下。鉄鎚を振り下ろす際に深く踏み込んだであろう片足に向けて、ホムラは大きく大太刀を薙いだ。足首を切断するするつもりで放ったその斬撃は、けれど盛大に空を斬っただけだった。首無騎士は床を蹴り、踏み込んだ足をその場から強引に、その場から跳び退っていたからだ。


 踏み付けによるカウンターなど、そういった行動は一切無し。此方の攻撃に脅威を感じている、その証拠だ。


 即座に追い掛ける。相手の跳び退り、その着地を狙ってもう一度足薙ぎ。が、それは直前で中断し、急停止して、カウンターで打ち落とされてきた大盾を回避。地を蹴って大楯の表面を駆け上がり、人面の口を跳び越え、鼻の頭を蹴飛ばして、敵の頭上へ一気に飛び上がる。


 あれだけ巨大な大盾だ。瞬間的な速力は速くとも、一度攻撃を繰り出した後にもう一度攻撃を繰り返す取り回しの速度は、どうしても一歩遅れるだろう。頭上を取ったホムラの大太刀が、重力に引かれて敵に打ち下ろされる方が間違い無く速い。


(目ェ、覚ませ――!)


 慢心は、無かった。躊躇も、雑念も無かったと断言出来る。ホムラは持てる限りの全力を以て、大太刀を一息に振り下ろしたのだ。


 だから、そう。


 




「――――――――!!?」




 異様な金属の絶叫が、"巨像の間"に響き渡る。ホムラの視界いっぱいに広がるのは、落ち窪んだ相貌から黒い涙をダラダラと溢し、歯を剥いて威嚇する巨大な人面の大盾だった。


 おかしい。こいつ、何時の間に盾を構え直した? 少なくともホムラにはその瞬間が見えなかったし、また首無騎士がその予備動作を行っているのも見えなかった。


 まるで大盾がホムラの眼前に瞬間移動してきて、ホムラの一撃を防いだかのような、そんな感じだった。ホムラの困惑を見透かしたように、人面盾はグツグツと満足そうに嗤い始める。




――ドイツモコイツモ、見下シヤガッテ……――




 押し返され、弾き跳ばされる。完全に空中に身を預けていたホムラに対抗する術は無く、強引に距離を離される。あれほど、力強く身体の中を駆け巡っていた"何か"は、何時の間にか何処かへ行ってしまっていた。

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