聞ケ、汚濁ノ慟哭ヲ

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 要するに、誰かにとっての何者かになりたかったのだ。


 友など要らないという者が居る。恋人など、家族など要らないというヒトが居る。けれど、少なくとも自分はそういう孤高な人間にはなれなかった。友でもいい。恋人でもいい。とにかく、誰かにとって意味のある人間になりたかった。当たり障りの無い程度に親切にされ、程よく距離を取られ、結局居ても居なくても変わらない顔無しとして扱われるのは、心が軋むように辛かった。


 とにかく自分には、実力が無かった。何をするにも効率が悪く、周囲の人々を苛つかせた。学問を面白いとは思えず、魔術の才も無い。手先は器用と言う訳でもなく、優れた体格を持っている訳でも、秀でた体力や鬼気迫る根性を持っている訳でもない。最初は根気よく付き合ってくれたヒトも、皆最後は疲れたような、呆れたような笑顔で、そっと距離を取っていった。結局クラウスは独りきりで、地団駄を踏んでも、泣き喚いても、耳を傾ける者など一人も居なかった。


 クラウスさんは親切で、良いヒトだ。貼り付けた笑みと共に、彼等はそう言う。


 でも、他人に親切するなんて事は誰にでも出来るのだ。特筆すべき事など何も無くて、それでも誰かに存在を認めて欲しくて、せめて他人に優しくする事しか出来ない。別に悪い事ではないから、周りの皆もそれを誉め言葉としてクラウスを評する。結果として、クラウスは彼等にとって都合の良い存在以外の何者でもない。


 努力はしたのだ。最初は学問で、今は立派な冒険者になる為の様々な事。手を抜いたつもりなんて無い。勇気を出して他人に話し掛けて教えを乞い、最近は恥を忍んで年下にまで頭を下げている。最初は彼等も快く引き受けてくれる。中には忍耐強い者も居た。でも、今もクラウスは一人である。諦められ、呆れられ、次第に忘れ去られていった。


 いつからだろう。"言い訳"が口を突いて出るようになったのは。


 自分は実力が無いから。自分は他人より劣っているから。


 予めそう言って予防線を張っておけば、誰かを失望させた時も若干心が楽になる。それを知った。


 それ以降は、その言い訳が自己紹介のようになっていた。結果としてヒトは前よりも早く離れて行くようになったが、それでもこの"盾"は手放せなくなっていた。


 でも、それでも、マリオンにだけは。


 自分を"クラウス"として認識してくれている彼女にだけは、そう見られたくなかったのだ。烏滸がましいが、カッコ良くて、頼れる兄として在りたかった。


 在りたかったのに。


「――


 嗚呼。



 俺はもう、とっくに彼女にまで失望されていたんだな。


 その後もマリオンとホムラは何事かを話し合っていたけれど、内容は全く入ってこなかった。その内、何だか笑えて来たので素直に笑ったら、自分でも止められなくなってしまった。


 可笑しい。


 本当に可笑しい。お笑い草だ。


 一体何だ、頼れる兄って。そんなものに自分がなれると、本気で信じていたのだろうか。何一つ結果を出せず、何一つ積み上げる事が出来なかった自分が、都合良く彼女にとっての何者かになれると、そんな奇跡みたいな事が起きる訳が無いのに。


 可笑しい。可笑し過ぎて涙まで出てきた。


 最早生きているだけで迷惑だったのだ。だって何一つ返せないくせに、自分は一丁前な顔して食う寝る垂れるを繰り返していたのだから。家族にとっては負担でしかなくて、他人や、彼女にとっては不快でしかなかったのだ。


 何で、生きているのだろう。何で、生きていて良いと思い込んでいたのだろう。


 そもそも、生まれてきた事自体が間違いだったのだ。


「ごめん」


 いっそ気分は朗らかだった。


 マリオンが何か言った気がしたが、意味は良く分からなかった。


「ごめんよ」


 自分が彼女の為に出来る事。自分が家族の為に出来る事。


 一つだけ、ある。彼等がずっと心の中で抱いていたであろう願い事。本当は自分でも分かっていたのに、ずっと目を逸らし続けていた解決策。


 迷いはなかった。


 腰に刺していた剣を抜き放ち、自分で自分の喉に突き刺した。かつて無い程のスムーズさで、それは根元まで深々と突き刺さり、笑い声を血栓で濁してしまう。


 ……嗚呼、この笑い声も彼女達には不快だろう。


 クラウスは首に刺さった剣の柄を握って刀身をグルリと回し、梃子を回す要領で自分の首を刎ね飛ばした。骨も脂も関係無い。クラウスの剣は銘刀さながらの切れ味を以て、クラウスの望みを完遂する。


 視界がグルグルと回って、側頭部に衝撃。


 気付けばクラウスは、首の無い自分の身体を見上げていた。



「…………………………………………」



 誰かが、遠くで何かを叫んでいる。


 所為で、その内容までは聞き取れない。どうせ、分かった所で意味など無いだろう。アイツらは俺に死んで欲しいと思っていたに違いないのだから。


 。自分で自分を終わらせてやった。気分が良い。漸く誰かの役に立てたから、とても、とても、気分が良い。




 ………………。




 …………。




 ……。



 

 気分なんて、良くない。良い訳があるか。


 誰かから認識されたかっただけで、死にたかった訳じゃない。誰かから頼られたかっただけで、媚びを売りたい訳じゃなかった。


 頑張っても、頑張っても、上手くいかない。必死に藻掻く俺を見て、それでもお前らは溜め息を吐き、優しい笑顔を浮かべながら、そっと離れていく。


 くそ。くそが。ふざけやがって。

 

 何で俺ばっかり。どうして俺ばっかり。


 


 


 


 



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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