鳴動
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
捜索は困難を極めていた。
強力な敵が出る訳でもない。だから、装備が貧弱過ぎる事に対する不満も無い。そもそも、マリオンは現役の前衛だ。強敵や不利な状況に悩まされた所で、そんなものは“困難”の内には入らない。
困難とは、その手掛かりの無さだった。
何やら“事故”が起きたのは人伝に聞いた。その現場が、どうも“巨像の間”で起きたらしい事も間違いなかった。調査隊がその部屋を念入りに調べようとしていた跡があったし、その床は所々砕けたり血がベットリと塗りたくられたりしていて、明らかに惨事が起きた事が分かる状況だった。
けれど、肝心な行方不明者の手掛かりが無いのだ。“巨像の間”に残された道具を使って広間の中を調べ回ってみたものの、生存者が何処に消えたのかを示すものは何処にも無かった。巨像の武器に血が付いているのを発見し、事故とはどうもコイツが関係しているらしい事は分かり、特に巨像の周りを念入りに調べてみたものの、めぼしいものは出て来なかった。
「……」
彼は、何処に行ったのだろう。
床に塗りたくられた血の跡を見ないようにしながら、マリオンは考える。不安に押されて叫びだしたくなるのを必死に堪えつつ、考える。
とは言え、小難しい事をゴチャゴチャと考えるのはあんまり好きじゃないマリオンだ。事態を一気に解決できるような名案など考えつける筈も無く、結果として出した結論は、ダンジョン内を一から洗い直すという根性論全開な力業だった。
……根性。根性か。マリオンは根性さえあれば割と何でも何とかなるけど、全てのヒトがそうであるとは言い難い。どうしようもないものはどうしようもないのだ。困難に打ち克とうとするのは立派な事だけど、壁を乗り越えるのと、沼に嵌まるのは根本的に違う。
嘗てはあんなにキラキラ輝いていた柔和な表情は、今やすっかり暗い影に呑まれてしまった。元々は希望や憧れであった筈の夢は、今やあの人にとっては現実や時間の流れを突き付ける苦痛の種になっている。
何度も何度も打ちのめされ、それでも何度も何度も立ち上がり、結果として日に日に追い詰められていく、あの人。
私は。
私は、彼を止めるべきなのだろうか――
「……」
本人が居ない所で、こういう事を考えていても仕方無い。“巨像の間”を出てダンジョンの入り口まで戻り、何か手掛かりは無いかと一つ一つ虱潰しに探し求める。
既に王直属の精鋭達が調べ尽くしているとは言え、古い遺跡、しかも神々の遺産だ。神々の遺産と呼ばれるモノはこの世界に幾つかあるが、何十年、何百年と沈黙していたものが、ある日ふと新たな顔を見せたなんて話は、現代でも結構耳にする。このダンジョンだって、誰にも発見されていない隠し通路の一つや二つ、あっても全然不思議じゃない。
一先ずは初心に却って、ダンジョンの入口へ。間違ってもあのイケ好かない番兵に見付からないよう気を付けつつ、マリオンは探索を一からやり直し始める。
印象が薄過ぎて覚えていないダンジョンの中を練り歩くのは、只の散歩であれば或いは新鮮だったかもしれない。
だが、今は焦りと不安でイライラするばかりだ。
床や壁を舐めるように調査しても、見付かるモノは何も無い。こんな事をしている間にも彼は危機に晒されているのかもしれないのに、マリオンは延々と此処で足踏みをしている。
「……くそ……!」
ある時点で、苛立ちが臨界を越えた。無意識の内に壁を拳で殴り付け、マリオンは口の中で悪態を吐いた。
殴り付けたと言っても、マリオンのそれは裸拳だ。拳が痛む事も無かったが、重厚な造りの壁が大きな音を立てたり、ましてや破壊されたりする訳も無い。ただ、ベチリと空虚な音を、その場に小さく響かせただけだ。特に大きな影響も無く、マリオンは気分を少しだけ落ち着かせる事が出来る。
筈であった。
「え……?」
マリオンの殴りつけた壁が、さながら怒りに震えるように、小刻みに震え始める。肝を潰して咄嗟に跳びのくが、震動はそれでも追い掛けて来る。
否、震動が追い掛けて来たのではない。
壁も、床も、天井も、ダンジョン全てが小刻みに震動していた。まさか宜しくない所を叩いてしまったのかと、マリオンは咄嗟に自分が殴りつけた壁を見る。が、そこには何も無い。ただただ、古ぼけた石っぽい素材で出来た壁があるだけだ。
「なんなの……?」
思わず呟いた、その時。
――oo…………OoOoooo………OOOO――……
――――aaaaAA――AAaaaaa……
――AAA……oooooooo――――……
何処か遠くで、何かが吼えるのが聞こえた。得体の知れない、不気味で、気持ちの悪い、まるで化物が無理矢理ヒトの叫び声を真似して喋っているかのような、そんな声。
それはマリオンが居るダンジョンの入口付近からは遙かに遠い、きっと”巨像の間”よりも遙かに遠い、ダンジョンの奥の奥から響いて来ているようだった。
「……下?」
マリオンの呟きなどまるで意に介さぬように、ダンジョンは暫く小刻みに震え続け、やがて止まった。
先程の声は、もう既に聞こえなくなっていたけれど。
「……」
まるでそれはマリオンの脳裏に貼り付いたかのように、耳の中でおんおんと反響して、不安を掻き立てるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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