迷宮にて ~ある男の独白~
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
谷を這い上がったその次は、目の前に山が聳え立っている。人生、山あり谷ありだとは言うけれど、ああ、成程、確かにその通りかも知れない。
「ホムラ、奥の敵に警戒を。一部の弩兵が回り込もうとしています」
「あいよ」
訳の分からないトラブルに巻き込まれてダンジョンの未知の領域に落ち、足を犠牲にしたが一命は取り留めたものの、その後やたら攻撃的な複数の石像に囲まれて拷問のような私刑を受けた。
今日だけで、クラウスは既に二度も死ぬような目に遭ったのだ。なのにクラウスは今も生きている。ただ生きているだけじゃなくて、ピンピンしている。
「姉さまは、ホムラが回り込んだ弩兵に対処した瞬間に奥の弩兵の本体を一掃して下さい。それでホムラの負担は六割方減少します」
「ん!」
金属の鎧を着込んだ大男の石像が、凄まじい勢いで宙を舞った。朱い着物の剣士に投げ飛ばされたそいつは、さながら砲弾のようなスピードで、戦場の奥の方をコソコソと移動していた別の石像の集団の中へ突っ込んで行く。それとほぼ同時に、その場所とは別の地点に雷が落ちた。神の剣にも喩えられる自然の暴威は、石像達の金属の鎧や石の肌をものともせずに引き裂き、砕き、溶かして呑み込んでしまう。閃光と爆音が過ぎ去ったその後には、そこに居た筈の石像達の残骸だけが無残に散らばっていた。
「――……すげぇ」
何もかもが派手で、ド迫力で、何処か現実味の無い戦い。まるで夢を見ているようで、もしかしたら本当にそうなのかもしれないと頬をつねってみるとちゃんと痛い。
クラウスは圧倒されていた。ただただ、圧倒されていた。
自分を助けてくれた彼等と共に歩き始めて、既にこれで三回目の会敵だった。だだっ広い広間に石像の大部隊が待ち伏せしていたこの罠部屋は、クラウスの常識からすれば即脱出するべき戦場だったが、他の三人は当然のように戦う事を選択した。それどころか、当たり前のように善戦して、当たり前のように勝とうとしている。凶暴で強力な大部隊を相手に、たった三人で。
「……」
ホムラという名前の
しかし常人離れしていると言うなら、後衛の双子がまさにそうだった。奇妙な光の翼を持つ、(恐らくは)フェザーフォルクの小さな少女達。黒いローブを身に纏った金髪の少女が魔術士で、白いローブを身に纏った銀髪の少女が神官である。恐らくは十を越えたかそこらの幼い少女達であるにも関わらず、驚嘆すべきはその才能だ。
例えば神官の少女、リオルは瀕死だったクラウスを”完全に”回復してのけた。神官と言ってもその質はピンからキリまであって、死の淵から生還させたとしても傷の大半は残っていたり、中には戦場の緊張感にやられてここぞと言うときに実力を発揮出来なかったりする場合もある。彼女は当たり前のような顔をしているが、瀕死だったものを快癒させられるような神官は、それだけで冒険者達の間では引っ張りダコなのである。おまけに彼女は自分の仕事が無い時は自分以外の二人に指示を飛ばし、パーティ全体を上手く回している。見掛けは確かに少女なのに、やってのけている事は熟練の冒険者のそれなのだ。
そして魔術士の少女、アネモネが操る魔術の数々は、その準位に偏りが無い。小さな火球を生み出す初歩的な術で敵を牽制したかと思えば、次の瞬間には広範囲を殲滅する上位の術を唱えたりするのである。どれもこれも下手な本職より威力や精度が高いのは、魔力が極めて良質だからか。だがそれよりも何よりも、彼女はそれらの術の使い分けが極めて上手いのだ。下位の術で敵の足止めや目眩まし、牽制を行い、中位、時には上位の術を以て敵を殲滅する。ホムラの動きに合わせて絶妙なタイミングで行われるそれらは、ともすれば火力に呑まれがちな駆けだし魔術士と違って、明確に目的を持って研ぎ澄まされた力の扱い方だった。
(――嗚呼……)
まだ冒険者として認められていない三人組だというのに、彼等はまるで熟練の冒険者達のようだった。恐れず、引かず、必要以上に緊張もせず、当たり前のように目の目の困難を打ち払って、前に進んでいく。
クラウスだけだ。この場で何もしていないのは。
三人が戦い、進み、鮮烈に輝いているその脇で、クラウスはただただボンヤリと突っ立ったまま、彼等の活躍を眺めている。一応、ホムラの防衛を石像がすり抜けてきた時の備えと言う事にはなっているが、そもそもホムラとアネモネは敵を抜けさせないのでクラウスに仕事は回って来ない。仮に回ってきた所で、クラウスに出来る事なんて何も無いだろうが。
自分には彼等のように振る舞う事なんて出来ない。既に二十何年もの付き合いだ。クラウス自身の実力は、クラウス自身が一番良く知っている。
居ても居なくても変わらない、ただただ、彼等の善意によって生かして貰っているお荷物。それが、クラウスの立ち位置だ。
「……」
人生、山あり谷ありだ。
神か何かの気紛れで谷底から掬い上げて貰ったその後で、今度は自分には決して到達出来ぬであろう山の頂を、ただただ見上げさせられている。
胸の奥がヂリヂリと
それでもクラウスは、任された仕事を放り出さない。任された仕事をやり遂げる。それがクラウスに歩める唯一の、小さな頃から抱き続けた”冒険者になる”という夢に至る為の道だから。
「……畜生……」
気付かぬ内に口から漏れ出してしまったドス黒い感情を慌てて噛み殺して、クラウスはただただ、その場に立ち尽くし続けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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