神々の牢獄②
「……強力な魔術師が居ると楽でいいな」
何らかの方法で座標を指定し、其処に爆発を引き起こす。ザッと見た限りではそんな感じの魔術に見えた。ホムラは魔術に詳しくないのでそれ以上の事は言えないが、アネモネに言わせるとまた違うのかも知れない。取り敢えず確かな事は、アネモネはホムラが思っていた以上に優秀な戦力である、という事だ。
掴み取ってそのままだった矢を脇に放り捨てながら、ホムラは背後を振り返る。緊張した面持ちのアネモネと目が合ったので、口角を吊り上げて笑って見せた。
「お前を見た目で判断してたヤツは、みんな損をしてた訳だ」
「ホムラが、時間が稼いでくれるから」
自らの魔術の腕を褒められる事に慣れていないのか、アネモネはローブのフードを深々と被り、顔を隠してしまった。最初は純粋に照れているだけかと思ったが、色々と、感慨深い所もあるらしい。次に紡がれた彼女の声の端々には、隠しきれない高揚と興奮が滲み出ていた。
「考える時間も、呪文を唱える時間もしっかりあるのって、初めて……」
魔術師とは、人間であって人間ではない。口を憚らない者の中には、バケモノとすら呼ぶ者もいるだろう。フードの下に隠れたアネモネの表情を見れば、その意味が分かる者も居るかも知れない。
とは言え、力ある者が存分にそれを振えた時の興奮と、本人の人格は基本的に別物だ。一瞬見えたアネモネの表情はそれ以上は気にせず、ホムラはリオルに視線を向けた。
「行こう。この調子で行けば、きっと直ぐに出口も見つかるさ」
「肯定」
リオルが応え、アネモネが頷き、誰からともなく歩き出した。
ホムラが掃除した通路を抜けて、石像が護っている道や、罠が仕掛けられている道を選びながら進む。当然、石像との戦闘や罠の強引の突破も何度もあったが、そんなに大した脅威にはならなかった。ホムラの剣と、アネモネの魔術を組み合わされば大抵の問題は解決出来た。リオルだけは自身の業を見せる機会が全然やって来なかったが、彼女は特に気にした様子も無かった。
「リオルの仕事が無いと言う事は、チーム全体の実力が迷宮の脅威度を遙かに上回っていると言う事です。喜びこそすれ、悲しむ要素はありません」
特に感情の動きを見せず、彼女はそんな風に言った。
「それに此処から出る前には、必ずリオルは一働きせざるを得なくなります」
「……? それはどういう事だ?」
「その時が来れば分かります」
実際、”その時”は直ぐにやって来た。
「――……メだ……! や……ろ……!!」
どこからともなく聞こえて来た、男の声。当然、ホムラの声ではない。
「あっ、が……!? やめ、痛……!?」
泣き声混じりの悲鳴。最初の内は力があったが、直ぐに聞こえなくなった。詳しくはわからないが、取り敢えず誰かが危機的状況にあるらしい。
最初に動いたのはアネモネだった。
「ホムラ……!」
流石に勝手に飛び出していくような真似はしなかったが、ホムラの着物の裾を掴み、決然とした表情でホムラの顔を見上げてくる。
元々、これはホムラではなく彼女達の道行きだ。一応リオルに視線をやって彼女の意思を確認してから、ホムラはアネモネに頷いて見せた。
「分かった」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、アネモネはその場から文字通り飛び出していく。リオルがそれに慣れたように続き、ホムラはそんな彼女達を追い掛けて走り始める。途中で罠や巡回中の石像等の邪魔が入らなかったのは運が良かった。声が聞こえた方向に移動を始めて幾らもしない内に、ホムラ達は複数の石像が一ヶ所に固まっているのに
「あの人は……!」
石像の数は全部で六体。いずれもホムラ達には気付いておらず、代わりに皆壁の方を――正しくは、其処に追い詰められた何かに注目していた。一体がその何かに剣を振るい、他の五体は万が一にも逃げられる事を防ぐ為か、周りを囲んでいる。まるで私刑の現場だった。
否、「何か」ではなく「誰か」と言うべきだろう。
振るわれる剣の刃から飛ぶ黒っぽい飛沫。立ち並ぶ石像達の隙間からは、頭を覆って蹲る人型のシルエット。傷の具合や生死の状況は分からないが、極めて拙い状況である事だけは確かだ。アネモネが口走った言葉から察するに、もしかしたら彼女達と面識があるのかも知れない
「先に行く」
立ち止まらず、逆に走る速度を上げる。
私刑を囲む五体の石像達も、ホムラに気付く。だが、その時ホムラは既に背中の鞘から大太刀を引き抜き、そのまま斬撃に入ろうとしている所だった。最後の一歩を石床を砕きながら踏み込み、身体全体を使って大太刀を大きく袈裟懸けに振るう。
「――阿ッ!!」
自身に注目を集める意味合いを兼ねた気合と共に、大太刀の間合に捉えた三体を纏めてぶった斬る。残った二体が即座に反撃に移ろうとしたが、直後、ホムラの後方から伸びてきた雷の槍がその二体を貫き、動きを止めた。ホムラを巻き込むのを防ぐ為か、その威力は小さく、石像を倒しきる程では無かったが、ホムラとしては動きを止めて貰うだけで十分だ。
刃を翻し、更に一歩踏み込んで二体の内の一体を逆袈裟に斬り上げ、両断。そこへ五体目の石像が、長剣を水平に構えながら突っ込んで来る。技もへったくれも無い、身体ごとぶつかって来る捨て身の特攻。ホムラが剣を振り抜いた瞬間を狙ったその一撃は、下手な技術など呑み込んで押し流す程の勢いがある。集団でこれをやられると地味に辛いが、幸いホムラはこの手の展開に慣れていた。斬り上げた大太刀の勢いに身を任せつつ、軸足を入れ替えながらその場で回転。体軸をずらして相手の長剣の鋒を躱しつつ、突っ込んで来た相手の首に回し蹴りを絡めて地面に引き倒す。腰をしっかり沈めて体重を一点に掛けてやると、石で出来た相手の首に亀裂が入り、砕けるのが気配で分かった。
(……やべ)
これで相手が人間だったら終わりだったのだろうが、相手は石像だ。例え首がもがれても、手足が無事ならまだ戦える。つまりホムラは更に一手か二手使って、この石像にトドメを刺さないといけない。
が、その時間はホムラには残されていない。私刑を行っていた最後の一体がホムラに標的を変え、腰を沈めた格好のホムラの脳天に長剣を打ち下ろさんとしていたからだ。
彼等との戦闘にも慣れ、少し慢心していたのかも知れない。彼等より自分の方が強いのだと、心の何処かで傲りが生まれていたのかも知れない。
もしもホムラが一人だったなら、この冒険は此処で終わっていたかも知れなかった。
「後退を!」
「Арё!!」
リオルの指示とアネモネの詠唱は、ほぼ同時に聞こえた。
脊髄反射でこの場を放棄し、ホムラは後転の要領で後ろに転がってその場から離脱する。
殆ど同時に、爆発音。この感じだと、アネモネがまた火球を爆発させる魔法を使ったのだろう。そんな事を考えながらもホムラの身体は爆風に煽られ、ごろんごろんと転がって大変な事になった。
「ぐぇ」
ごん、と強かに後頭部を強打して、漸くそれも止まる。衝撃に閉じていた目を開けると、冷たく(そう見えただけだったかもしれないが)ホムラの顔を見下ろしているリオルと目が合った。
どうやらホムラは、彼女達の所まで転がる羽目になったらしい。
「否定。油断しましたね、ホムラ」
ひょいとリオルがしゃがみ込み、どす、と遠慮無くホムラの額を人差し指で突く。
「石像相手に最後の攻撃は無意味です。姉さまに感謝を」
「ホムラ、大丈夫?」
視界の殆どをリオルの顔が占有している状況だったのでホムラには見えなかったが、どうやらアネモネもホムラの脇にしゃがみ込んでいるらしい。例えさっきの魔術で敵が全滅していたとしても、仲間内の全員が敵から目を離すと言うのはホムラからすれば有り得ない事だ。が、助けて貰っておいてそれを指摘するというのもみっともない話である。
「面目ない……」
だから代わりに、ホムラ自身が警戒に入る事にした。リオルの顔をやんわりと押し退け、上体を起こす。
それなりに気は引き締めてはいたが、アネモネはやはり優秀な魔術師だ、と言うのを改めて痛感させられるだけに終わった。彼女の魔術はきちんと石像の原型を破壊し、行動不能に追い込んで無力化している。視界の先では、股間から上を失った石像の足が、急に得た独立に戸惑うように立ち竦んでいるのが見えた。そんな高威力の爆発を使ったのなら救助対象も吹き飛ばしてしまったのではないかと思ったが、どういう訳かそっちは原型を留めている。
「えっと、”一握の灰”は範囲の内側を爆発させる術で」
ホムラの表情から、疑問を読み取ったらしい。
控えめに、けれど何処か活き活きした口調で、アネモネは解説してくれた。
「爆発って、普通は内から外に向かって広がっていくでしょう? この術は、その性質を反転させるの。雷の拡散の性質を反転させて貫通特化にするのと似たような感覚なの。外側には影響ないから、ああいう時には便利だよ。むずかしいし、ちょっと慌てちゃって、制御が甘くなって爆風が漏れちゃったけど……」
「……」
彼女はさらりと言ってのけたが、それは結構凄い事なのではないだろうか? 性質を反転とか、素人のホムラが聞いても、何だか凄そうに思える。
「肯定。姉さまは才能に恵まれていますが、同時に努力家なのです」
てくてくと警戒の無い様子で救助対象の所に歩いていきながら、リオルが補足を入れてくる。
「先程のホムラの発言ですが、リオルはその意見を肯定します。姉さまはそれ以外はからっきしと言っても差し支えないですが、魔術の腕だけは本物ですので」
「……あれ? 今、私馬鹿にされた……?」
「否定」
アネモネの疑念をあしらいながら、リオルは救助対象の脇に座った。何をするのか興味があって、ホムラも立ち上がり、彼女を追い掛けて近くに寄った。
それまでは詳しく把握出来なかった救助対象の情報も、それで自然に見えてくる。石像から受けた私刑の所為だろう、腕も顔もズタズタに切り裂かれ、性別も分かりにくい状態だった。片方の足がひん曲がっているのは、石像達に逃げる手段を封じられたか、はたまた別の原因があるのか。背は高くなく、筋肉も無いので前衛には向いてなさそうだが、革鎧の残骸を身に付け、腰の剣帯には鞘に収まったままの小剣があるから恐らくは前衛だろう。脇に転がっている
「……惨いな」
ホムラ達の会話にもピクリとも反応しない救助対象に視線を落としたまま、ホムラはボソリと呟いた。
「こんな事を言いたくはないが、もう楽にしてやった方が良いんじゃないのか?」
「否定。まだ微かにですが、息はあります。よってホムラのその提案は、”慈悲”とは成り得ません」
それに対するリオルの返事は、淡々としていた。
「
「お、おう……」
大した自信だ。ふんぞり返る訳でもなく、ただ事実を述べただけという雰囲気が、また凄みを感じさせる。
クイクイと着物の裾を引かれたのでホムラが其方に視線を遣ると、いつの間にか其所に居たアネモネが、にっこり笑いながら人差し指を口元に当てた。
「見てて」
その笑顔の底に敷かれている絶対的な信頼を見て取り、ホムラは思わず口を閉じる。
ふわりと、涼やかな銀青色の光が辺りに満ちたのは、直後の事だった。
「――Θαρηυο 」
呪文自体は、アネモネが繰るそれとよく似ているように思えた。だが、唱える性質が違う所為か、雰囲気は随分と異なっている。アネモネの呪文が弾んで躍る炎なら、リオルの呪文は透き通る氷石のようだった。
「Κηζαμε ΣακαμκηNι」
リオルが翳した掌に、光が灯る。翼の色と同じ、夜空の星を思わせるような銀青色。それは柔らかく弾けて幾つもの粒子となって広がり、ピクリとも動かない救護対象に優しく降り注ぐ。
不可思議な現象が起こったのは、その直後の事だった。
「おお……」
まるで時間が逆行しているかのような光景だった。ズタズタに引き裂かれた装備や皮膚が、みるみる塞がっていく。青白かった肌が急速に赤みを指し、変な方向に曲がっていた足が定位置に戻っていく。しかも、それらの急激な変化を受けても、その主にダメージが返る事は無いらしい。まさに奇跡だ。
リオルの自信に満ちた発言も、これなら納得出来ると言うものだ。他の神官とやらがどれ程のものかは分からないが、この力なら戦場でも遜色無く役に立つだろう。
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